第3-3話「不器用従霊とソルシアナ、新たな一歩」

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第3-3話「不器用従霊とソルシアナ、新たな一歩」

「なんだお前、ただの小動物かと思えば……やれば出来るじゃねえか」 扉を閉じるとルーちゃんに軽く肩を叩かれた。その瞬間、私の体は全身の力を失いその場に崩れ落ちる。 「お、おい!」 そんなに強く叩いたつもりはねえぞ、とルーちゃんが目を見開く。一方で私は崩れ落ちたままの体制で、深々と溜息を吐くと 「こ……怖かったぁ~……」 今更になって冷や汗が吹き出し、体がガタガタと震える。 駄目だやっぱり。 お父様、超怖い。 「なんだそりゃ」 呆れた様にルーちゃんが溜息をつく。 仕方ないじゃないですか。 昔から父は苦手なんです。 何考えてるか分からないし、いつもつっけんどんだし、無口だし、変な所でペラペラ喋って威圧してくるし。そりゃ子供の頃は怖いなんてちっとも思わなかったけれども、それは子供だったからだ。 「心臓止まるかと思いましたぁ……」 半泣き状態で零すとルーちゃんは先程の微かな笑みはどこへやら、苦々しい顔で吐き捨てた。 「そんくらいで止まるかボケ。おら、さっさと帰るぞ」 「分かってますよぅ」 むう、スパルタな従霊です。 あのお父様相手に頑張ったんだから、少しは多目に見てくれても良いじゃないですか! そう思いながらも足に力を入れて立ち上がろうとしたのだが 「あ、あれ……?」 どういう訳か、足が全く言う事をきかない。 「何してやがる。来い」 先を歩いていたルーちゃんがイライラとした様子で振り返る。しかし、どれだけ頑張っても立ち上がる事が出来ない。 これは、もしかして…… 「ルーちゃぁん……」 「何だ、情けねえ声出すな」 じろりと赤い双眸が睨み付けてくる。 怖い。 相変わらず視線だけで人を殺せそうなくらい怖い。でも、それに怯えてる訳にもいかず、私は必死になって言葉を紡ぐ。 「こ、腰が……」 「あ?」 「腰が、抜けましたぁ……!」 「………ああんっ?!」 うう、思い切り睨まれた。 でも仕方ないじゃないですか。 抜けたもんは抜けたんです。 「チッ、あー……くそっ」 心底面倒臭そうな重低音。そのままガシガシと頭を掻く。 ああ、ルーちゃん、完全に呆れ返ってる。 何かすいません。 でも、でもですよ? 相手は“氷の宰相”とも呼ばれるあの鉄面皮なお父様なんです。 屈曲な公国騎士ですら一睨みで腰を抜かす様な殺人光線(視線の事です)持ってる人を相手にしてたんだから、こうなるもの仕方ないじゃないですか。 私、悪くない。 「うぅ、分かりましたよ。じゃあ這ってでも帰りますから、先に戻ってて下さい……」 ああ、でも19にもなって身内と会っただけで腰を抜かすだなんて……何か情けなくて涙出てきた。 数メートル先にいるルーちゃんを追うように、ズリズリと床を這う。下半身は力が入らないけれど、上半身は生きてるので何とかなりそう。 あれ? これ、もしかして頑張れば行ける? もう1度這ってみる。 ズリズリ。 意外と動けるかもしれない。 うん、いける。 1人で動作確認をしていると、最早定形となった不機嫌な声が頭上から降って来た。 「いけるかボケ」 ぬあ!? この人、また人の思考を勝手に!? 「嫌なら遮蔽しろって何度も言ってんだろうが。この、うっかり迂闊馬鹿小娘」 「ひどい!今、全部くっつけましたね!?」 「だったら何だ。文句あるなら聞いてやる」 あんまりです。 でも、言い返せない。 撃沈。 打ちひしがれて床に蹲っていると、ぬっと黒い影が光を遮った。 「ガキのお守りは趣味じゃねんだが」 「だから、1人で戻ります。ほっといて下さい」 「ほっときゃてめぇ、マジで這って来るつもりだろうが」 「そうですよ。這いますとも!全力で地を這いますとも!蛇だって這って移動するんです。私だって、やれば出来ます!」 「あいつらは生まれつきそういう体してるから出来んだよ」 「でも私には手がありますから、そこのところの経験差は他のギミックで埋められると思うんです!」 「出来るか!馬鹿かてめぇは!」 「馬鹿とはなんです。馬鹿とは!これでもちゃんと考えてます!!」 「何処がだ馬鹿!」 「失礼な!!」 仁王立ちで見下ろすルーちゃんを睨み付ける。人間やれば出来る。 部屋までは片道約200m。途中階段もあるけど大丈夫、いける。 「だからいけねえよ、この馬鹿!」 「大丈夫ですってば!」 「あー、くそ……めんどくせぇぇ……」 意固地になって叫ぶとルーちゃんは盛大に溜息を付き、背を向けてその場にしゃがみ込んだ。 「ルーちゃん?」 「乗れ」 「は……はいぃ!?」 思わず声が裏返る。 乗れ?! 乗れ、とおっしゃいましたか貴方!? 目の前には低くなった彼の背中。 少し前屈みで体勢を低くく、膝をついたその姿はーーそう、あれだ、おんぶというやつでは!? 「だだだ、大丈夫です!」 咄嗟に後退り固辞する。 幾ら何でもこの歳で人様におんぶされるだなんて、あまりにもあんまりです。 て言うか、一応年頃の娘な訳で。 いや、ルーちゃんは私の従霊なんだから、別に異性区分に分類する必要もないのだけれど……でも、何か……何かです!! 「ほんと、お気持ちは有難いんですが、えっと、その……そう、私、地面這うの大好きなんで!!結構早いんですよ!ハイハイしてた頃は一族対抗全国ハイハイ選手権で優勝ーー」 「おい。それ以上くだらねえ御託並べやがったらマジで齧るぞ、頭から」 一生懸命断ろうとはしてみたものの、あっさりと封殺される。 射殺す様な視線に、ぐうの音も出ない。 「……お邪魔させて頂きまーす」 本気で苛立った声と獣を思わせる大きな牙を剥かれ、意志をくじかれた私は恐る恐る彼の背中へ身体を預けた。 迷ったもののそっと腕を首に回すと、ルーちゃんはまるで重さなど感じていないかの如く、すっくと立ち上がる。 「うひゃっ……!!」 急に立ち上がったので驚いて声をあげると、不機嫌そうに睨まれた。 「耳元で叫ぶな。落とすぞ」 「だ、だって急に立つからビックリしーー」 「あ?」 「ごめんなさい、もうしません」 即答で謝ると彼は大きな溜息を一つ。そして、のしのしと歩き出した。 彼の背中は広くて大きくて、何だか落ち着かない。普段見る目線の高さより視界が高いのが原因だろう。 きっとそう。 「……あの、ルーちゃん?」 「なんだ」 「その……ありがとうございます」 素直にお礼を言うと、フンと鼻を鳴らされた。 「屋敷ん中を一族のお嬢様が這ってりゃ、使用人の方が腰抜かすだろうが。真昼間から、どんなホラーだ」 「うう、面目ないです……」 確かにみんな驚くかもしれない。 ……いや、でも私、変人で通ってるし もしかしたら皆意外と順応してくれるかも? 「ねぇな」 「ですよねー……」 即座に切って捨てられ遠い目をする。 しかしあれだ。 うん、今更だけどこれ、凄く恥ずかしい。 周りからどう見られているのやら。 「おい、動くな。落とすぞ」 「う、だ、だって……」 「だっても糞もあるか。ったく、なんでこの俺がこんな小娘のお守りしなきゃなんねんだ」 「それに対しては、大変に申し訳なく……」 「……もういい、うるせえ。黙ってろ」 「はい……」 しゅんとして俯く。 暫しの沈黙。ゆっくりと歩くルーちゃんの背中で揺られながら、気まずくて窓の外を見ていると 「俺が騎乗を許したのは、てめぇが初めてだ」 「……そうなんですか?」 意外な台詞に目を丸くすると、ルーちゃんは不本意そうに溜息をついた。 「勝手に飛び乗ってきた奴らはいたがな」 「あの、その人たち……どうなったんです?」 「……知りたいか?」 「結構です!!」 ジワリと毒が滲む様などす黒い笑みに、私は反射的に答えていた。 怖い。 絶対怖い事になったに違いない。 だって親の喉笛喰いちぎって捨てちゃう様な人だし! 「まあ、あながち間違っちゃいねえな。禄な死に方してねえぞ」 「死んでるんですか!?背中乗っかっただけなのに!?」 「“俺の”背だからな。許可なく乗りゃ、そりゃ喰い殺されても文句言えねえよ」 「そ、そうですか……」 な、何というか。 親戚が集まったとして、うっかりルーちゃん交えてお馬さんごっことかしたら、その度に死人出そうです。 「出るだろうな」 「やっぱり!!?」 怖っ!! 分かってたけど、やっぱ怖っ! 「ルーちゃんて、なんでそんなに怖いんですか」 ぐったりしながら尋ねると、彼は悪びれもなく答えた。 「そりゃお前、それが俺の本質だからに決まってんだろうが」 「……本質??」 「生きてるもんは、必ず俺に怯える。そう決められてんだよ」 「決められてるって……」 何に? そう尋ねようとすると、間が悪く部屋まで辿り着いてしまった。 「着いたな。おい、降りろ。こっから先は1人で行けんだろ」 「え、でも……」 「何だ、部屋ん中まで運べってか?」 「あ、いえ、そうではなく……」 ただもう少し、お話をしていたかっただけなんだけれども。 目が見えない分、この方が色々と話しやすいと言うか。迷っていると 「降りろ」 問答無用で背中から降ろされる。残念な事に、足の力も戻っていてそのまま立つことが出来た。 「ルーちゃん……」 「あ?」 見上げると不機嫌そうに睨まれる。さっきまではそんなに怖くなかったのに、いざ彼の赤い双眸に見られると、何となく背筋が寒くなる。 「さっさと書類書いちまえ」 言葉が出ない私。そんな私を気にも留めず、命令する様に告げると彼はそのまま部屋に入ってベッドに陣取る。 「あのルーちゃん……そこ、私のベッド……」 「あ?」 「何でもないです。どうぞ寛いで下さい」 「あぁ」 睨んだかと思えば、もう興味を無くした様にベッドの上でゴロゴロとしている。何だろう。ちょっと微笑ましい。 まるで犬のルーク(本家ルーちゃん)が戻って来たような……。 「誰が犬だてめぇ。噛むぞ」 「ごめんなさい!」 「さっさと仕事しろボケ」 「は、はい!!」 返事をすると慌ててデスクに向かう。羊皮紙を取り出すとインクとペンを用意し、登録書とか申請許可書といった書類を書き始める。 初めて書く書類。ずっと書きたくても書けなかった。 「ふふっ」 嬉しくなって笑みを零す。 すると 「気色悪ぃ」 「う、うるさいです!!」 素っ気なく突っ込まれ、思い切り反論する。 ほんと口が悪い。でも、彼のお陰で私の人生は大きく変わった事は確かで。 今はまだ半人前以下の落ちこぼれだけれども、いつかは彼の誇れる様なマスターになりたいと思う。 あ、ちゃんとここは精神遮蔽。 学習大事。 カリカリとペンを走らせながら、私は新たな人生の岐路に胸踊らせるのだった。
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