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「悪いね。うちの母親、元気なのはいいんだけど。話し出すと止まらない性質なんだ」  言葉少なになってしまった峻介を気づかってか、漣が詫びた。  静子のマンションを辞したふたりは、9月の早い陽が落ちかけた夕暮れの街を、大志の保育園に向かって歩いていた。  ふたりとも今日は仕事を早く切り上げて静子宅を訪問したのだが、せっかくだからその後は大志を迎えがてら、保育園を見に行こうということになっていたのだ。  議員としての視察というような大仰なものではなく、出来ればひとりの保護者としての目で、保育園という場所を見てみたいというのが以前からの峻介の望みだった。  漣といれば、これまで決して目にすることの出来なかった世界を見ることができる。そのことにいつもながら感謝する。  それに、夕闇に包まれつつある街を、遠くに夕焼けを臨みながら漣とふたりで歩く気分も悪くない。  ただ、静子の言葉の中に、何か見過ごしてはいけない大切なものがあったような気がして、少し考え込んでいただけなのだが……。 「俺でもあの人と話してると、なんかエネルギー吸い取られたって感じがするもんな。城築さん、疲れたろ?」  そう言って漣は、隣を歩く峻介を気がかりそうに見上げてくる。思わずどきりとしながら、 「いや、疲れてなんかいない。楽しかったよ」  と笑ってみせると、「よかった…」と、その表情が心底安心したようにほころんだ。  その惚れぼれするような柔らかい笑みを、峻介は思わず、まじまじと見つめてしまう。  今の漣の言葉づかいにも、表情にも、鋭いところなどまったく見られない。どこを取っても柔和そのもの。  もちろんその髪型や服装に、やんちゃだった頃の名残はあるが、彼が暴走族の幹部だったというのは、いまだにちょっと想像のつかない話だ。  ただ、強面の仲間たちから信頼され、頼られる存在だったということは、今の漣を見ていても理解できた。  理屈抜きに仲間の期待に応えようと頑張った結果、そのような道を歩むことになったのに違いない。
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