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「お母さん、前から言っていますが、僕はまだこういった話は……」  28歳、「適齢期」である。城築家の1人息子という立場であれば「こういった話」は避けて通れないこともわかっている。  とはいえ今は時期が悪い。議員となってようやく1年、自身の足元も覚束ない有様なのに、どうやって妻子を養えというのだろう。  しかし何を言ってもこの母には届かないということは、経験上、よくわかっていた。  何しろ息子の世話を焼くことが、彼女の唯一の生き甲斐なのだ。ならば、好きにさせておく他はない。再びため息をつき、峻介は写真を手に取る。  母が次々に広げる写真の中、着飾った女性たちの姿を見るのが、正直、苦痛で仕方なかった。見るふりをしてなるだけ視線に入れないようにしながら相槌を打っていると、玄関から話し声が聞こえてきた。  父が帰ってきたらしい、そして、やたらとよく響くあのだみ声は、父の政策秘書の瑞田だろう。 「あら、瑞田さん、ちょうどいいところに来てくださったわ。また峻介に、たくさんお話が来ているの。ちょっと見てくださいません?」  父と共に入って来た瑞田に、奈津乃が声をかけた。こと峻介の「教育」に関しては、母は父よりもむしろこの父の敏腕秘書を頼りにしているのだ。  どれどれと瑞田が見合い写真の束を手に取ったのを見て、なるだけ母にかまわれたくない父は、これ幸いと奥へ引っ込んでしまう。  峻介も父に倣って引っ込んでしまいたいところだったが、自分のことが話題の中心になっている以上、そうもいかない。広げた新聞に身を隠すようにして小さくなっていると、瑞田の声が飛んできた。 「坊ちゃん、あんまり選り好みせんと、そろそろ決めはったらどうですか。早いこと跡取をつくってお母さんを安心させてあげんと――」  こちらに向けた顔は笑っているが、峻介を見る瞳は鋭い。子供の頃から何度も彼を竦ませた視線だが、このところ、こういう目で見られることが増えてきたような気がする。  失望と、叱咤がありありと込められた目。「へたれのボン……」この男が、議員になってからの自分をひそかにそう呼んでいることも、峻介は知っていた。 「僕も早く決めたいが、そう簡単には行かない」  峻介は新聞に視線を落としたまま、短く答えた。心にもない台詞だが、ここは無難に流しておくに限る。
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