28

6/8
前へ
/425ページ
次へ
 「最後ぐらいは家の車を使えばいい」と、父は運転手を呼んでくれた。そして自ら荷物を持ち、車寄せまで送ってくれる。  胸がいっぱいになり、何も言えないまま、後ろを歩いていると、不意に将孝は思い出したように言った。 「そういえば、瑞田が男泣きに泣いていた。こんなことは自分が望んだことじゃないと」  峻介は胸を突かれ、立ち止まる。  あの男に激しい怒りを燃やし、敵愾心を胸に抱いたことが、遠い昔のことのように思える。  結局あれから瑞田が手を下すまでもなく、自分と漣は大きな運命の変転に巻き込まれてしまった。しかし確かにこれは、あの男が望んだ結末ではないだろう。 「あいつを、許してやってくれないか? 峻介……」  父は振り返り、苦笑を浮かべて言った。 「お前は到底認められないだろうが、あいつはこの家の誰よりも、お前のことを思っている」  「わかっています……」と峻介は答えた。  わかっていたのだ。瑞田は決して自分の敵ではない。それどころか、実の親たち以上に自分に期待をかけ、どうにか導こうとした末の所業だった。その方向が、どうしても相容れなかっただけのことなのだ。  そのせいで漣が生命の危機に晒されたのだと思うと、許し難いものは残るが、それとてあの男ひとりの責任にするわけにはいかない。 「許そうと思います。ただ、僕はもう、瑞田の願うようには生きられませんが」  きっぱりと言葉を繋ぐと、将孝は、「心配するな」と答えた。 「私がOKだと言えば、あいつには全てがOKなんだ」 少しばかり茶目っ気のある笑みを浮かべて、父は、そう言葉を繋いだ。
/425ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2740人が本棚に入れています
本棚に追加