28

7/8
前へ
/425ページ
次へ
 この家の運転手付きの高級車に乗るのも、これが最後だろう。実家から都心へ向かう見慣れた車窓の景色を眺めながら、峻介はさすがに感慨を覚えずにはいられなかった。  しかし、この1ヶ月ばかりはずっと漣のワゴンを乗り回していた身である。10分もするとその静けさと走りの滑らかさがどうにも落ち着かなくなってきて、彼は我知らず苦笑した。  自分はもはや、城築家の人間ではないのだなと思う。  かといって、どこの家に属する人間というわけでもない。自分は自分だ。漣に出会って、そんな考え方ができるようになった。  もちろんあの恋人は声高にそんなことを主張する青年ではないのだが、出会った頃から、彼がごく自然に自分は自分だと考えていることは伝わって来て、もしかすると峻介は、その自由さに憧れたのかもしれなかった。  あの頃の彼は、自身は城築家の跡取りであらねばならぬという考えに、がんじがらめにとらわれてしまっていたのだから。  そんな自分を今、父もまた解放してくれた。そのことの重みを峻介はしみじみとかみしめる。  ただ、心のどこかに引っかかっているのは、そんな父が、「孫の顔を見られない」と一度ならず口にしたことだった。  たとえゲイでなくても、子供を持てない、持たない者は多くいる。恐らくそんなことは父にもわかっているはずだ。  だからそれはいかにも父らしくない言葉で、だからこそ、言わずにおこうとしても言わずにはいられなかったという思いが伝わって来て、峻介は切なくなったのだった。  こればかりは、どうすることもできない。これほどまでに自分を理解しようとしてくれている父を、やはり自分は悲しませることしかできないのか……。  いや、しかし……。  不意に、頭の中に浮かんだ考えに、峻介ははっとした。  孫なら、いる……のではないか?
/425ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2740人が本棚に入れています
本棚に追加