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   入学式にこそ出なかったものの、今後、大志の小学校にはなるだけ足を運ぼうと彼は決めていた。  既に、4月から始まっていた学童保育には送り迎えを口実に何度か顔を出し、親たちや指導員と仲良くなりつつあったし、その流れで校長ともさりげなく接触して脅しをかけ……いや、配慮を求めた。懇談や参観にも時間の許す限り出かけて、担任とも話したい。何だったらPTA役員にも立候補しようかと、半ば本気で考えているぐらいだ。  今のところ峻介にできることは、やはり、とにかく声を上げることなのだった。それも、悪目立ちしたり反感を買うようなやり方ではなく、ひたすらスマートに。  なかなか難しいことではあったが、「峻さま」であればそれは可能なのだと、彼は自分に言い聞かせている。  おかしなもので、議員になったばかりの頃はあれほど抵抗のあった「峻さま」という存在に、今はずいぶんと助けられているのだった。  そして漣はといえば、退院の翌々日から早くも仕事に復帰していた。  初めのうちはまだリハビリ中ということで、地上でのクレーン操作や玉掛け作業を任せられ、腕の確かな彼は、それだけでも随分と重宝されていたようなのだが、やはり本人はおさまらなかったらしい。  1週間経つ頃には親方を説き伏せ、上ってしまっていた。「上る」というのは彼の場合、地上数十メートル以上の高所に、ということである。  まあ、それほどの高さとなれば逆に用心せざるを得ないだろうし、元来彼は用心深い性質なのだ。心配ではあるが、見守るしかないと峻介も観念している。  それに仕事をするようになってからの漣は、目に見えて表情が生き生きと輝き出し、恋人のそんな顔を見ることができるようになったのも嬉しいことであった。  しかし、気がかりなことはある。
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