29

3/11
前へ
/425ページ
次へ
 ひととおりの話を終え、大志が眠りについた後、峻介は漣に尋ねた。 「漣、君の方はどうなんだ。昔の仲間は理解してくれているか?」  偏見なのかもしれないが、漣の生きる世界は、職場にしても友人関係にしても保守的だというイメージがある。  ことに、漣を尊敬してやまない暴走族時代の仲間たちは、同性の恋人を作ってしまった彼に失望を覚えているのではないか、もしや彼らの間で針の筵のようなことになっているのではないかと、心配でならなかったのだ。  大志を通じて知り合えた若い母親たちについては、峻介もひたすら懐柔に努めているが、住む世界も違う族上がりの青年たちともなると、さすがの彼も手の出しようがない。  それでも、漣が今、困った立場に立たされているのであれば、どうにか接触を試みるつもりであったが。 「ああ……」と、漣は小さく苦笑した。 「不思議と女の子は、わかってくれてるみたいなんだよな」  どうやら懐柔策は功を奏しているらしい。峻介は深く安堵する。  しかし漣はその後、事も無げにこう続けたのだった。 「男はまあ……いろいろ言いたい奴もいるみたいだけど、そこは、元幹部の威厳でね。黙らせてる」 「そ……そうか――」  峻介はわずかに青ざめながら、うなずいた。  漣のその「元幹部の威厳」が、どれほどの威力を発揮するかは想像に易かった。むしろ黙らされた青年たちが気の毒になってくる。  同じく、職場の方も心配はいらないようだった。 「城築さんのことで、変なこと言ってくるやつもいるけどさ。不思議と、ちょっと睨んだだけで、みんな何も言わなくなっちゃうんだよな」  漣のその「ちょっと睨んだだけ」が、どれほど恐ろしいものであるか、本人は気づいていないらしい。初めてデートした居酒屋での一幕を思い出し、やはり、睨まれた連中がむしろ気の毒になってしまう。  というよりも、漣が妙な逆恨みでも買いはしないかと心配にもなるのだが。  しかしまあ、大丈夫だと思えた。偏見を持つ連中も、いつかは悟るだろうからだ。  たとえ男の恋人がいても、天宮漣は、天宮漣に違いないのだということを。
/425ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2740人が本棚に入れています
本棚に追加