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 その週末、峻介はかつての選挙区であった東京都葉谷市へ向かった。  カミングアウト以来、彼は政治家として地元と関わることを禁じられていた。彼に対し様々な感情を持つ者がいるであろうことを考えると、それは仕方のない措置と言えたが、後始末をすべて地元の秘書に任せねばならなかったのは、申し訳なく切ないことであった。  しかし政治家でなくなった今、どうしても自身で関わっておきたい案件がある。それに、漣のことで心配をかけてしまった草准にも、会って礼を言いたかった。そんなわけで、久しぶりにこの地を訪ねることにしたのだ。  せっかくだから漣と大志を連れて行きたかったが、2人は地元の仲間にバーベキューに誘われ、朝から出かけていた。昔の仲間と積極的に関わらない漣にしては珍しいことであったが、快復祝いだと言われ、断り切れなかったようだ。  さすが「元幹部」らしく、後輩が車で迎えに来ていた。この様子なら大丈夫だと安堵する。  すっかり乗り慣れた漣の車で、ひとり家を出た。葉谷市内に入ってからは窓を開けて走った。清澄な空気が、もはや無性に懐かしい。  かつての事務所に寄ると、地元の秘書が変わらぬ笑顔で迎えてくれた。  峻介の離党で最も大変な思いをしたのは彼であろうに、微塵のわだかまりも見せない様子に、思わず胸が熱くなる。多大な迷惑をかけてしまったことを、深く深く詫びた。  事務所は忙しく立ち働く事務員やボランティアで賑やかだった。4月の終わりに補欠選挙があるのだ。  国進党からは古箭家に繋がる党員、たしか峻介の伯母の夫に当たる人物が立候補することになっており、恐らくは易々と当選するのであろう。このような選挙のために高額な国費が使われねばならないのも、元はといえば自分の責任で、峻介はどうにも申し訳ない気持になったが、もはや彼にどうこうできることでもない。  帰りには必ず寄ってくれという秘書に見送られ、事務所を後にした。
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