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 そのまま市街地を抜け、山間部へと入ってゆく。桜がすでに散ってしまっているのは残念だったが、芽吹いたばかりの新緑が眩しい。  通いなれた山道をしばらく走り、草准宅に着いた。  珍しくも午前中に草准の家に寄ることになったのは、夕方から師匠の個展の手伝いに行かねばならないという彼の事情のためだ。昨夜遅くまで絵を描いていたらしい叔父は、少しばかり迷惑そうな顔をしていたが、それでもちゃんと起きて峻介を待っていてくれた。  そして出迎えるなり、あからさまにがっかりした顔で言う。 「なんだ、ひとりか。今日は君の恋人と子供に会えると思って楽しみにしていたのに」  漣と大志が来られない理由はメールで知らせておいたのだが、不精な叔父はそれも見ていないらしい。  苦笑しながらそのことを伝えると、草准は「本当にそれが理由なのか?」と、恨みがましい表情になった。 「やっぱり、嫌われてしまったんだろう。君が僕たちのことを彼に話したりするから……」 「いや、そういうことでもないし、第一、漣はそんなことを気にする子じゃないよ」  峻介は苦笑を深めて答える。  自分がかつてこの叔父と身体の関係にあったことを漣に話したのは、随分と前、まだ彼が事故に遭う以前のことだ。  自分はとても嘘がつける性格ではないし、漣もまた草准に会えば何かを感づかないとも限らない。もとより叔父との関係は恋愛ですらなかったのだし、隠すよりも話しておく方がいいと判断してのことだった。  漣もまた、その話をさして気にはしなかったと思う。屈託なくこう言葉を返してきのだから。 「別に、いいんじゃないの? 俺だって元カノのひとりやふたり、いなかったわけでもねーし…」  いや、漣の場合、「ひとりやふたり」で済むはずはない。峻介の方がむしろ胸をざわつかせ、草准は決して「元彼」ではないことを躍起になって説明するはめになってしまったのは情けないことであったが。  そんなことを話すと、草准はため息をついて言った。 「そこはむしろ元彼ということにしておいた方が、解り易かったんじゃないか?」  意味がわからず峻介が「え?」と目を瞬かせると、ふっと笑って不吉なことを言う。 「気をつけた方がいい。案外、君は何もわかってはいないのかもしれないぞ……」
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