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 草准宅を辞した峻介は、気を取り直して次の目的地へと向かった。  車を止めたのは古くからある集落の中にある集会所。ここで、かつての支持者に会うことになっている。 「杉村さん、ご無沙汰しています」 「城築先生……元気そうで、よかった」  彼は、心からの笑みと共に峻介を迎えてくれた。  代々この土地で国進党を支援してきた家の若き当主であるこの杉村という男に、議員として、ある相談を受けたのは、半年ばかり前のことだ。  この集落の外れには、国定公園に連なる静かな山間部が広がっている。ハイキングコースとしても整備され、地元の人間や、都市部から自然を求めてくる者たちの憩いの場となっている土地だった。  この土地の一部をあろうことか関西にある中堅の不動産会社が買い取り、山を切り開いて巨大マンションを建てるという話が持ち上がったのだ。  地元にすればこれほど乱暴な話はない。当然、反対運動が持ち上がり、この一帯の自治会長を務める杉村が、峻介に助けを求めてきたというわけなのだった。  当時、その話を聞いて義憤にかられそうになりながらも、峻介は冷静に考えた。  確かにこの土地に、不動産会社が魅力を感じるのも無理はない。山間部とはいっても、15分も歩けば小さな私鉄の駅があり、にぎやかな商店街もある。こぢんまりとした、実に暮らしやすそうな町なのだ。住宅を作れば多くの人が魅力を感じ、移り住んで来るだろう。  しかし、地方から来た不動産会社は、この土地の人たちの環境意識の高さを知らない。彼らのみならずこちらの人間がどれほどこの土地の自然を愛しているか、知る由もない。だから巨大マンションなどという乱暴な発想になるのだ。  関東進出にはやる企業の立場はわかるが、あまり良いやり方とは言えない。豊かな自然を切り開いて作った巨大マンションに住みたがる者は、少なくともこちらの人間にはあまりいないだろうし、それ以前に、反対運動には相当苦戦することになるだろう。  どうにかならないものか……あれこれ考え、峻介はふと思いついたのだった。
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