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 その言葉の力強さに、峻介は目を瞠る。 「この街には案外、いろんな人が住んでるんです。俺自身、離婚して親戚中からあれこれ言われてるし、肩身の狭い思いで子供を育てているシングルマザーも周りにはいる。なかなか公にはできないようですが、あなたと同じゲイの人たちも少なからずいます。人の生き方の多様性を認めようとしない古臭い土地柄の中で、皆それぞれに苦労しているんです。いわゆる『普通の』人生を生きている人たちだって、若い世代は風通しの悪さに辟易してますよ。あなたが議員でいてくれたら、この土地にも必ず新しい風が吹く。公の場所で自分の生き方を堂々と明かしてみせた、あなたの勇気を我々は買ったんです」 「しかし、勇気だけでは政治はできない」  わずかにうろたえながら峻介が言葉を挟むと、杉村は「わかってます」と真剣な顔で答えた。 「勇気だけじゃない、あなたにはちゃんと力がある。この2年間、あなたがこの選挙区のためにやってくれたことを、俺はいくらでも言えます」 「それは、国進党という後ろ盾があったからこそです。今の僕に、地元の利益になることを成す力はありません」 「そんなことはかまいません。あなたが日本の未来の利益になることを成してくださるのなら……」  杉村は清々しい笑顔と共に、そうきっぱりと言い切った。その言葉は、峻介の胸の深いところに真っ直ぐ届いた。  選挙区を超えて、日本のために何かを成す力が自分にあると、この人たちは信じてくれている。ならば、賭けてみようか、そう思わずにはいられなかった。  ようやく、本当の感激が彼の胸を熱く浸し始める。 「わかりました。いつか必ず、僕はあなた方の代表としてこの選挙区に帰って来ます。その日まで、何度でも何度でも、挑戦するつもりです」  杉村の手を力強く握り、峻介は約束した。  こうして思いがけない形で、ほんのわずかではあるが、峻介が再び政治家となる道が開かれたのだった。
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