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 さらに峻介を驚かせたのは、事務所で彼の帰りを待っていた地元の秘書の決意だった。  その日の杉村たちとの経緯を峻介が話すと、彼はとたんに顔を輝かせ、「ならば私はこれからも先生の秘書を続けます」と、きっぱり言い切ったのだ。 「だって、先生はいつかまたここから立候補するおつもりなんでしょう? なら、地元の事務所は残しておかないと」 「し……しかし、僕はもう、君に経済的な保障をすることはできない」  戸惑いながら峻介が言葉を返すと、秘書は「わかってますよ」と事も無げに答えた。 「バイトでもしながら、当分はボランティアのつもりでやっていきます。僕はまだ若いし、食わせなきゃならない家族がいるわけでもありませんからね。後先考えずにやりたいことをやれるのは、これが最後のチャンスだと思ってるんです。今は何と言われようと、先生について行きますよ。後になって後悔しないようにね」  そんな風にさばさばと言われ、峻介はそれ以上何も言うことができなくなった。その決意の重さだけは、ずっしりと肩に受け止めたものの……。  驚いたことに、今後も峻介について行くと決めた秘書は彼だけではなかった。  結局、3人の秘書が葉谷市内に新しく借りた小さな事務所に集まり、気勢を上げることになった。皆それぞれに、別の仕事を探しながらである。  皆、国進党に留まれば別の議員の秘書として約束された将来が待っていたはずなのだ。彼らの熱い思いは、さらに峻介の肩をずっしりと重くすることになった。しかし、その重さが有難く、嬉しくてならないことも真実だった。  これで、「いつか」などと悠長なことは言っていられなくなった。  いつまでも彼らをフリーターにしておくわけにはいかない。そのためにも、1日も早く議員として返り咲かなくてはならない。  緒川を初め残りの秘書たちは、生活や家族のことを考え、国進党にとどまる道を選ばざるをえなかった。しかし誰もが、陰ながらではあっても必ず峻介の力になると約束してくれた。  つまりは選ぶ道が違っても、秘書たちの誰一人として峻介を見捨てはしなかったということになる。  それだけではない。彼の本当の姿を知ってしまったにも関わらず、誰ひとりとして彼に対する態度を変えようとしなかった。
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