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 父は、あえてその場で返答を求めず帰って行った。峻介もまた、気持は固まっていたにも関わらず、答を明言することができなかった。  漣の意志を聞いておかねばならないと思ったからである。  父もおそらく、そのところはよくわかっていたのだろう。いや、だからこそ漣にも共に話を聞かせたのだ。父らしいフェアネスだった。  しかし漣はといえば、そんなことには露ほども気づかない様子で、少しばかり不満顔なのが、どうにも可愛かったが。 「漣、君は、本当にいいのか」 「いいに決まってんだろ? なんですぐに返事しなかったんだよ。親父さんの気が変わっちまったら、どうするんだ?」 「いや、そう簡単に気が変わったりはしないと思うが……」  思わず頬を緩めながら峻介は答える。しかしすぐに真顔になった。 「議員になれば、僕の生活は激変する。昼も夜も、休みもない毎日だ。前に議員だった頃のことを、君も覚えているだろう」 「ああ、その頃と同じなんだったら、全然構わないよ。俺も慣れてる」  漣はこともなげに言葉を返したが、峻介の心は晴れなかった。 「しかしあの頃とは違う。僕は、君と2人で大志を育てている。大志のために時間を割いてやれなくなることが、僕にはどうにも……」  そこまで言いかけて、はっと気づいた。漣と大志のためではない。この2人のために時間を割けなくなることが、自分にとってはどうにも辛いのだ。 「城築さん……」  そんな峻介の気持がわかったのだろう。漣は笑って、峻介の名を呼んだ。 「心配すんな。どれだけ忙しくったって、俺たちは一緒に暮らしてるんだし、家族だ。本当に必要な時は、無理にでも頼っちまうことになるだろうけど、その時は、あんたも応えてくれるだろう?」  その言葉がなぜだか無性に嬉しく、勢い込んで峻介は答える。 「当たり前だ。君たちが必要としてくれるんだったら、どんな大切な仕事だって、すぐに放り出して駆けつける」 「え……と、それはちょっと、まずいな」  そう言って、漣は笑った。 「でも、俺も同じだ。あんたが本当に助けを求めてる時は、何が何でも助けるよ。それが家族ってもんなんだろうし、それでいいって思うんだ」
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