アフターストーリー1

3/5
前へ
/425ページ
次へ
 気を取り直して部屋を後にし、シャワーを浴びる。朝のマンションに恋人の気配はなかった。とうに出かけてしまったらしい。  身支度を整えて髪を乾かし、リビングと一続きになったダイニングに入ると、テーブルの上に朝食の皿が置いてあった。  かりっと焼いた山型の食パンに、ベーコン、レタス、トマト、そして半熟の目玉焼きを挟んだサンドイッチ。色とりどりの切り口が食欲をそそる。  ラップをはがし、行儀悪くその場で齧りついた。「うまい……」と思わずひとり呟いてしまった。  父子家庭の必要にかられ、やっつけ仕事でどうにか料理を覚えた漣だが、彼自身はずっと、ものの味もわからないほど慌ただしい年月を過ごしてきた。息子の味覚にはどうにか気を配ったものの、自分はまあ、食えればよかった。平たく言えば、食を楽しむ余裕などなかったのだ。  そんな彼だが、峻介と一緒に暮らすようになり、彼の作るものだけは、しみじみと美味しいと思えるようになった。  とはいえ峻介とて、それまでは料理の経験など全くないお坊ちゃん育ちである。最初は漣に教わりながら恐る恐る包丁を握り、そして、瞬く間に腕を上げたのだった。根っから生真面目で、何にでも真剣に取り組む性質なのだ。  今や自分などよりも余程うまいものを作ってくれる。小学生の大志のためにちゃんと栄養バランスを考えてくれることも、ありがたいところだった。  ただ、この2ヶ月ばかりの間、恋人は激務に追われる日々を送っている。料理だけでなく、家のことや大志のことで無理をさせてはいけないと、漣も気を配っていたのだが。  朝早いってのに、作らせちゃったんだな……。  
/425ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2740人が本棚に入れています
本棚に追加