アフターストーリー2

3/6
前へ
/425ページ
次へ
 当然ながら選挙区の違う峻介の名前を書くことはできない。この地区から出ている真進党の候補者の名前を、漣は祈るような気持で書いた。  比例代表区はもちろん真進党。これだけのことなのに、ひどく緊張する。神妙な父親の表情を、笑いを堪えたような顔で大志が見ていたのがどうにも癪だった。  帰り、何人かの昔の仲間とすれ違ったのが笑えた。みんな自分と同じ、絶対に選挙になど行ったことのない族上がりの連中だ。  やっぱ大きな風が吹いてんだな……初めて実感する。  その夜はテレビにつきっきりで選挙の行方を見守るつもりだったが、拍子抜けするほどあっさりと勝敗は決まった。開票が始まっていくらも経たないうちに、峻介は当確を決めたのだ。  彼の事務所には民放の密着取材がついていたから、漣はテレビを通してその瞬間を見守ることができた。とはいえその時は感動どころではなかった。  当確の一報が入ったとたん、画面から恋人の姿が消え、一瞬のちに自分の携帯が鳴り出したからだ。 「き、城築さん、戻れ! やばいって」  電話が繋がるなり漣は焦って言ったが、峻介は気にもしていないようだった。 「見ていてくれたか? 僕は再び議員になることができた。何もかも、君のおかげだ」  ありがとう…と涙まじりの声で告げられ、漣も胸が一杯になる。 「あんたの力だよ。おめでとう、城築さん」  それ以上のことは何も言えなかった。どうやらそれで正解だったらしい。  「城築議員、恋人への報告です」というアナウンサーの言葉と共に、このやりとりは中継されていたらしいのだから。  その後峻介はテレビ画面の中で、まるで全国優勝のゴールを決めたサッカー選手のように、秘書たちや支援者たちにもみくちゃにされていた。  そんな恋人の姿を見ながら、気がつけば漣は、ぽろぽろと涙をこぼしていた。  自分でも慌てたが涙は止まらず、いつしか号泣に変わった。それがどれほどの勢いだったかというと、一度眠れば絶対に目覚めないはずの大志が、気配に目覚めて部屋から出て来るほどの泣きっぷりだった。 「ど、どうしたんだ父ちゃん?!」  仰天する息子を抱きしめ、漣は泣き続けた。どうしたって涙を止めることなどできなかった。  わかり過ぎるほど、彼にはよくわかっていたからだ。  かつて恋人が議員の職を失ったのは、他でもない、自分のせいなのだと。
/425ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2740人が本棚に入れています
本棚に追加