アフターストーリー4

1/6
前へ
/425ページ
次へ

アフターストーリー4

 翌日、漣は地上80mほどの高さの天空にいた。  詰所を出て、空を見上げる。青かった空に少しずつ雲が広がってきている。今日は少しピッチを上げた方がよさそうだと思った。  雨が降ったからといって作業は中止にならないが、雨が降れば作業効率はどうしたって落ちる。ただでさえ工程は押し気味で、監督から早くしろとせっつかれているのだ。天候になど足を取られないよう、常に先を読んでおく必要があった。  もっとも、工程が押し気味なのは、今回に限ったことではないが。  漣が関わる鉄骨建方の工程はいつも、過酷なまでにタイトに組まれている。  地上には日々、大量の鉄骨が搬入され、それらを滞りなく捌くべく、クレーンが次々に吊り上げ、上空へと運ぶ。決して大げさではなく、雨のように降り注ぐ鉄骨を無我夢中で掴まえ、取り付けているうちに、気がつけば数十メートルの高さまで来ていたというのが、この仕事に関わる漣のいつもの実感だ。  それだけに一瞬の油断も隙も、一刻の猶予も許されない苛酷な仕事である。少しでも気を抜けば命にもかかわる。  だから漣は、持ち場についた瞬間、ごく自然にすべてを心の中から閉め出すようになっていた。生活のことも、子供のことも、恋人のことですらも。  ヘルメットをかぶり、数キロもある腰道具を巻く。そしていつもの習慣で、「城築さん、ごめん」と胸の中で呟くと、目の前にある仕事以外のすべてが彼の中では無になる。  恋人のことであれこれと思い悩まずにはいられない今の漣には、この「すべてを忘れられるシステム」が心底ありがたかった。  無線を持ち、クレーンオペレーターにあれこれと指示を出しながら、漣は身を乗り出して鉄柱の間にぴたりと梁をおさめる。腰に下げたレンチでしっかりとボルトをしめると、寸分の狂いもなく組み上げられたそれは芸術品のように美しいが、その様子を眺めて悦に入っている暇などない。  案の定、午後からは激しい雨が降り出し、作業員たちは苛酷な条件の中での作業を強いられることになった。  とはいえ、この程度のことならいくらでもある。
/425ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2738人が本棚に入れています
本棚に追加