アフターストーリー4

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 この夏の酷暑は、峻介にもずいぶん心配された。何しろ太陽の照り付ける高所で分厚いゴト着を着ての体力仕事だ。  しかし漣にはもう、多少の暑さには負けない強靭な身体と、無理をし過ぎないだけの知恵が備わっていた。新人の頃は自分の限界にも気づかずぶっ倒れたことが何度かあったが、今ではそんなヘマなどしない。  台風直撃の中、せっかく組んだ足場が崩れないよう決死の覚悟でシートを片付けたこともある。東京にかつてない大雪が降った時には、身も凍るような極寒の中、地上100mに吹き付ける強風に耐えながら雪かきをしたものだった。多少の気象条件の悪さにはびくともしないメンタリティと体力が出来上がっている。  しかしそんな彼も、この夏の選挙期間、照り付ける太陽の下、三つ揃いのスーツ姿で車の上に立って選挙演説を繰り広げる恋人の姿をテレビで目にした時は青ざめてしまったが。 「城築さん、あれはやめろ!! ぶっ倒れるぞ」  思わず電話をかけて訴えた漣に、少し嬉し気な笑みを含んだ声で、峻介はこう答えた。 「まさか君に心配してもらえるとは思わなかったな。でも大丈夫だ。あの程度でぶっ倒れるようなら、政治家などやっていられない」  心配性の恋人に自分が返した言葉とそっくりそのままの言葉を返され、漣は声を失った。  彼は悟った。自分も恋人も、命がけで仕事をしている。そして、命がけで仕事をする者は、そう簡単にぶっ倒れることなどないのだ。  そんなことをあれこれ思い出していたのは、もちろん、すべての仕事が終わった後だ。  降りしきる雨の中、びしょ濡れで詰所に戻り、ロッカー室で着替える。水分をたっぷり含んだ分厚いゴト着を脱ぎ捨てると、ようやく生きた心地が戻ってくる。  しかし同時に、昨日から抱え込んでいたあれこれも戻ってくるのだった。  軽くなった身体とは裏腹に、にわかに沈む心を持て余し、漣は小さくため息をつく。
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