アフターストーリー4

3/6
前へ
/425ページ
次へ
「お前、何とかっていうイケメン議員のイロなんだってな」  胸に浮かぶあれこれを振り払って着替えていると、不意に、隣で着替えていた男にそんな言葉を投げつけられた。  見なくてもわかっている。1週間ほど前に入ってきた「新入社員」だ。とはいえ歳は3つ4つ上ぐらいだろうか。  無視していると、男は無遠慮な視線と共に、さらに言葉を重ねてきた。 「確かに細っこい身体してやがんな。男に抱かれて毎晩よがってんのか?」  いや、よがってるけど、毎晩じゃないにしろ、よがってるけど……それが、何だってんだ。  何のつもりでこんなこと言ってくんのか、さっぱりわかんねえ。  いつもならば聞き流すところだったが、あいにく今日はイライラしていた。 「ああ? なんか言ったか?」  低い声と共に一瞥をくれてやる。機嫌が悪かったせいか、少しばかり目線に力が入り過ぎたかもしれない。  一瞬にして相手が凍り付く気配がした。  一言も言わず着替えを済ませ、転がるように帰ってゆく男を背中で見送りながら、漣はため息をつく。  また、やってしまった。  このパターンで、数人の新人が翌日以降、職場に来なくなっていたのだ。 「いや、お前は悪くねえ、悪くねえのはわかってるよ。しかしこうちょくちょく辞められちゃあなあ……」  困り果てた親方の顔を思い出す。確かに慢性的に人手不足のこの職場で、せっかく入ってきた社員に辞められるのは、漣にとっても困ったことだった。  だからなるだけ、この手のからかいは聞き流すようにしていたのだが。  とはいえ、この程度のことでビビるような奴に、この仕事、務まんのか?  だめだ……と思った。今日はどうにも気が立ってしょうがない。  詰所を出ると、雨は止んでいた。漣は、しばらく吹きさらしの現場にたたずんで、薄闇の中に瞬き始める遠い街の灯を眺め、どうにか気持を落ち着けてから、地上へ下りるエレベーターに乗ったのだった。
/425ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2738人が本棚に入れています
本棚に追加