アフターストーリー4

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 同僚たちに別れを告げて現場を出る。きらびやかな明かりが灯り始めた路上に少しだけたたずみ、今度は地上から、自分の居た場所を見上げる。  外装工事が始まった下方をガラスに覆われ、複雑な構造の鉄骨を上部に晒し、てっぺんに巨大な赤白のクレーンを載せた堂々たる姿が、暮れゆく空の中に浮かび上がっていた。  鉄骨が組み上がると風のように次の現場へと去ってゆく鳶職人が、自分の関わったビルの完成に立ち会うことはない。にぎやかなターミナル駅の上に建つこのビルも、完成するのは2年ほど後のことだ。  最終的には大きな商業施設とホテル、オフィスが入り、最上階には展望台もできる。東京でも群を抜く高さになることもあって、今から何かと話題であるらしい。  こうした人々に名を知られる建物の工事に関わることは、さすがにそうあることではない。日々、高さを重ねる現場をしばらく見上げ、少しばかり誇らしい気持になって、漣は歩き出す。  すっかり気持は晴れていた。明日会わねばならない相手のことであれこれ考えるのはいい加減やめようと決める。そう決めてしまえば、あらゆる屈託を心から閉め出すのは職業柄、得意な彼だ。  ただ一度だけ、どうしても閉め出せずに仕事をしたことがある。あの時、結局彼は現場の足場から落ち、意識不明の重体となる大変な目に遭ったのだった。  その時の辛さにくらべれば、今の物思いなど、どうということはないのかもしれない。
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