アフターストーリー5

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 絵の中にはどこまでも続く緑深い山々と、大きな空が広がっている。3枚とも同じ構図の絵だったが、それぞれに朝、昼、夕という違った時間が流れていることは、その微妙な色の違いで分かった。  それらの絵を目の前にしたとたん、漣は動けなくなった。  圧倒されてしまったのだ。その絵の中にみなぎる静けさに。  これまでの人生で、彼は絵など真剣に見たことはない。だから、思いもよらなかった。  絵の中に「静けさ」を感じることなどあろうとは、そして、「静けさ」に圧倒されるなどということが、まさかあり得ようとは……。 「どうした? 漣……」  呆然と立ち尽くす彼に、峻介が気がかりそうに声をかけた。 「いや……。すげーな、この絵……」  そう言葉を返すしかなかった彼に、峻介は少しばかりためらう気配を見せた後、告げたのだった。 「…草准さんが、描いた絵だ」  その時、なぜだか小さな雷に打たれたような心地になったことを、漣は覚えている。  しかし人生をかけた戦いの渦中にいる恋人の傍らにいて、自身の感情と向き合うどころではなく、彼はその気持を一瞬でかき消してしまったのだが。  今、その絵の作者に会うために電車に揺られながら、漣はそうしたことを思い出していた。  あの時、ほんの一瞬のことだったけれど、自分は思いはしなかっただろうか。  こんな絵を描いた人と、峻介は、長い間親密な関係にあったのだと。  自分の恋人は、やはり、自分とは違う人生を生きてきた人だったのだと……。  今頃、こんなこと思い出すなんて……漣は我知らず苦笑する。やっぱ、びびってんのかな、俺――。  幸い、終点を告げるアナウンスが、深くなる彼の物思いを断ち切ってくれた。
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