アフターストーリー8

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 2人が買い物を済ませて草准宅に戻った時には、秋の陽はすっかり落ち、近所の子供たちも帰ってしまっていた。  台所に入ると、草准と大志が並んでテーブルに腰かけ、何やら楽しそうにしている。どうやら子供に言われるままに、草准が絵を描いているらしい。机の上に散らばった白い紙には、ラフだが、さすがとしか言いようのない見事な動物や風景や人物などの絵が鉛筆書きされている。  その光景を見た峻介は、信じられないように目を瞠った。 「あの人が子供のために絵を描いてる姿など、まさか生きているうちに見られるとは思わなかった……」  小声で耳打ちする恋人の言葉は、少しばかり大げさな気がしないでもなかったが、確かにそれは不思議な光景ではあった。  2人に気づいて草准は顔を上げ、笑みを浮かべる。 「漣、この子は本当に可愛いな。10年後が楽しみ……」  峻介に鋭い一瞥を投げられ、彼は口をつぐんだ。  確かに子供を前に口にすべき言葉ではない。しかし、しまった……とばかりに肩を竦めたその表情がどうにも可笑しく、漣は笑いを堪えた。  何となく、この2人の間に流れる空気感のようなものが、わかるようになってきた気がする。  少しばかり苦い表情をしながらも、峻介は買ってきたものをテーブルに並べた。  数種類のマスタードの瓶に、大きな結晶のような薄紅色の岩塩、評判の店で買った焼き立てのバゲットに、エシレのバター。そして、「きっと足りないだろうから」と2人して選んだ数本のワイン。  頼まれたものより買い物のリストは増えていた。漣は最初に尖った態度を見せてしまったことを、峻介は嫉妬のあまり怒りをあらわにしてしまったことを、それぞれ心の底では気にしていたためだと思う。  普段買うことのない高級食材を2人してあれこれ言いながら選ぶのも、漣には楽しかった。しまいには男2人でお姫様のご機嫌を取るような心持になってきたのも、我ながら何だか可笑しいことだった。 「ありがとう。思った以上のご馳走になりそうだな。そろそろ、夕食にするか」  整った顔に鷹揚な笑みを浮かべて「お姫様」は言った。
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