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慌てて着替え、部屋を出る。今日こそは朝食を作るつもりでいたのだが、無理そうだ。申し訳ないと思いつつ、せめてコーヒーぐらいはセットしておこうとダイニングに入ると、驚いたことにキッチンにはすでに恋人が立っていた。
「き、城築さん、あんたも仕事があるんだろう。もうちょっと寝てろ」
昨夜眠りに落ちる前、次に会った時は下の名を呼ぶべきかどうすべきか悩んでいたことを忘れ、漣は思わずいつもの呼び方で恋人を呼んで訴える。
そこはもう予想の範疇だったのだろう。さして気にする様子もなく、峻介は下を向いて何やら作業をしながら答えた。
「いや、今日も遅くなりそうだから、どうしても君の顔を見ておきたくてね。それに、昨日はいつになくぐっすり眠れたから、気にすることはない……」
しかし顔を上げ、漣を見たとたん、彼は目を瞠ってぴたりと動作を止める。
そのまま言葉もなく見つめられ、漣は激しく戸惑った。
「な、何……?」
「君を……初めて見た時と同じ姿だ」
ため息のような声で、峻介は言った。
「ご……ごめん、今日はどうしても着替えるヒマなさそうで……」
無骨なゴト着姿でいたことを思い出し、漣は赤くなって詫びる。
「いや、もう一度あの姿を見たいと、ずっと思っていた。僕はあの時、名前も知らない君に、一目で心を奪われたんだ。あの仕事ぶりにも、作業が進まず苛立つ姿にさえも、深く惹かれた。なんて格好いいんだろうってね」
そう言って峻介は少し照れたような笑みを浮かべた。
「いまだに信じられないよ。あの時の君が、今、ここにいるなんて」
その言葉と笑みに、思わずぽーっとなりかけた漣だったが、次の瞬間、峻介は慌てたように真顔に戻り、小さく咳払いした。
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