番外編『君のすべてを僕は』1

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番外編『君のすべてを僕は』1

 閉店の札が下がったスナックの扉をカランと開けると、カウンターの中の妙齢の女性が、「あら、いらっしゃい、城築さん」と華やいだ笑みを浮かべて峻介を迎えた。 「相変わらずいい男ねえ。見てるわよ、『10 o'clock ニュースショー』。ニュースの内容なんかわかんなくったって見てるだけで幸せって、店の女の子たちにも評判なんだから」 「し、静子さん、営業トークはやめてもらえませんか」  峻介は困惑して言った。まだ準備中だというのに、長年この仕事をしていると、カウンターに立つだけでこうなってしまうのだろうか。こうした店には行くことのない彼だが、こちらも条件反射で「ママ」と呼んでしまいそうだ。  だいたい今日は(というか、いつもだが)客として来たわけではない。恋人の漣と休日出勤が重なったためにこちらで面倒を見てもらっていた、恋人の息子の大志を迎えにきただけなのだが……。 「あら、ごめんなさい。店にいるとつい、仕事モードになっちゃって」  静子は悪びれず笑って答えた。そうして少しすまなさそうな顔になって続ける。 「大志ったら、まだ外で遊んでるのよ。5時までには帰って来いって言ってるのに、やっぱり、友だちと遊ぶのが楽しい年頃なんでしょうね。そう遅くはならないと思うから、少し、待っててもらえないかしら」  話しながら手際よく入れたコーヒーをカウンターに置かれ、峻介はつられるように腰を下ろした。引き止め方まで何とはなしに営業調だ。  まあ、急いでるわけでもないからかまわない。静子とはしばらく会っていなかったし、「親孝行」のつもりで、話に付き合うことにする。  しかし「親」とは言っても、彼女はまだ41歳。30少し前の峻介には、ずいぶんと若い母親だ。もちろん、血の繋がった親ではない。彼女は6歳年下の峻介の恋人、天宮漣の母親で、つまりは大志の祖母なのだ。  それにしても若いことに変わりはないが。
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