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ただひとつわかっているのは、もし自分たちが普通の男女の「夫婦」であれば、誰もそんな不躾な質問を子供にするはずなどないのに違いなくて……。
あぁ、そういうことなんだな、と漣はその時、初めて腑に落ちた気がした。
そして、初めて実感をもって理解したのだ。恋人である城築峻介が、何と戦い続けているのかを。
実際、峻介は、次の授業参観でその母親に会った時、やんわりと釘を刺した。まずは「峻さま」の魅力で相手を懐柔し、決して気を悪くさせることなく、自分の意を悟らせる。その手腕はいつもながら大したもので、隣にいた漣も思わず惚れ惚れしてしまったのだが。
「すまない。君にも大志にも不愉快な思いをさせて……」
そう沈痛に詫びられた時は、胸が痛んだ。しかし恋人はその瞳にどきりとするような強い光を宿し、続けたのだった。
「漣、僕は、これから先もずっと、大志が堂々と成長してゆける世の中を作りたいよ」
今回のヨーロッパでの仕事の話を聞いた時、漣は峻介のその言葉を思い出さずにいられなかった。だから考えるよりも先に、言葉が口をついて出た。
「城築さん、受けるべきだ。これは、あんたにしかできない仕事だよ」
ゲイであることを世間にカミングアウトしてもなお、以前と変わらぬ人気を誇る政治家である城築峻介が、外国のLGBT事情を自らテレビで紹介する……それは決して小さなことではないと漣には思えた。
それは確実に大志が……そして大志のように「普通」とは違う家庭で育つ子供たちが、堂々と成長してゆける世の中への第一歩となる。
いつだって城築さんは、そうやって自分の周囲を、そして世の中を少しずつ変えてゆく。そんな力を持った人なのだから。
だから漣は寂しさをこらえ、ためらう恋人の背中を、力強く押したのだった。
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