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とはいえ、空港に出かけてゆく恋人を見送ってから数日は、魂が抜けたようになってしまった漣なのだったが……。
自分では普段通りに過ごしていたつもりだった。しかし息子の大志には、情けないぐらいバレバレであったらしい。
「父ちゃん、これ食って元気出せ」
ある朝、自分よりも早く起きた小学2年生の息子に朝食の皿を差し出された時には、驚かざるをえなかった。いや、保育園の頃から自分や峻介を手伝って台所に立っている彼は、ある程度の調理スキルはある子供なのだが……。
皿に乗っていたのは、漣の大好物で峻介がたびたび作ってくれる目玉焼き入りのベーコン・レタス・トマトのサンドイッチ。峻介のように完璧とはいかず、目玉焼きは少し焦げていたが、充分に美味かった。何よりも、その気持が心にしみた。
何やってんだ、俺。しっかりしなきゃ……。
涙をこらえて息子の作ったサンドイッチを頬張り、自分を叱咤した漣は、その後はなるだけ仕事と家事に打ち込んで淡々と過ごした。それでも恋人と遠く離れた日々は長かったが、時間というものは確実に過ぎてゆくもので……。
帰ってくるんだな、今夜……。あらためて嬉しさが込み上げてくる。
小さく息をつきかけ、気がつけばすっかり手が止まっていることに気づいて漣は慌てた。ちょっとした気の緩みが事故に繋がる現場での仕事と違って、事務仕事の困ったところは、つい集中力が途切れてしまうことだ。
その後は慣れた手つきでさっさとパソコン作業を済ませ、さあ……と漣は立ち上がる。
俺も仕事だ、出遅れた分、ちょっとピッチを上げなきゃ……。
心の中で気合を入れ、タオルを巻いた頭にヘルメットをかぶる。重い腰道具を着け、無線を持って天空の縁に出てゆくと、いつものごとく仕事以外のことはすべて、一瞬にして頭から消えた。
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