番外編『Long Long Distance』2

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番外編『Long Long Distance』2

 ちょうどその1時間半ばかり前……。  陽光降り注ぐ空港ロビーの雑踏の中、城築峻介は、わずかに途方に暮れていた。  着陸直前まで熟睡していたから、時間の感覚がまるでない。時計を見るとまだ正午にもなっていない。  到着は日の暮れる頃とばかり思っていたのだが……。  念のため日付を確認する。確かに、恋人に帰ると告げた日だ。もしや、まだ日本に着いていないのではと覚め切らない頭に混乱を来たし、周囲を見渡す。  間違いなく、ここは東京、成田空港だった。  2週間前、同じ空港から、5人のTVクルーと共に峻介はヨーロッパへと旅立った。そしてアジアの都市を経由する便で、19時間かけて目的地に到着した。  夏休みの最中でこのようなチケットしか取れなかったのだと、ディレクターはしきりに詫びてくれたが、そもそもこの時期にスケジュールを組むしかなかったのも、政治家として多忙を極める峻介の都合だ。それにお坊ちゃん育ちで空路に疎い彼にはさして気になることでもなかったし、元々タフな方だから長旅も苦にならなかった。  復路も同じ航空会社の便で、同じ時間をかけてクルーと共に帰ってくる予定だった。日暮れ時に東京に着き、夕食を食べて帰ってくることになる。だから恋人の漣には、帰りは夜になると告げてあったのだ。  しかし昨夜、現地での仕事をすべて終え、帰途に着くばかりであった峻介たちに、搭乗の直前になってアクシデントが起きた。  乗るはずだった飛行機に機材のトラブルが見つかり、出発を取りやめることになったというのだ。  誰も悪くはない。むしろ離陸前に不具合がわかって幸運だったと言うべきだ。それに翌日ではあるが代わりの便も、泊まるホテルも用意されていた。  もちろん彼にとって、愛しい恋人と会える日が1日延びてしまったことは、落胆などというものではなかったが、スタッフの手前、そんな感情を出すわけには行かない。明るく鷹揚に振る舞っていた……つもりだった。  しかし国会議員の「先生」に対するこの失態は、撮影チームとしては許されないものであったらしい。  現地コーディネーターがあちこちに掛け合い、当日中に乗ることのできる座席がすぐさま1席だけ、用意された。とにかくこれに乗って先に帰るようにと皆から言われ、どうにも気が引ける。こうした扱いに慣れることができないのは、やはり庶民派の父の影響だろうか。
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