番外編『Long Long Distance』2

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 幸いなことに無口なタクシードライバーは、「峻さま」のことを知らないらしく、疲れた風に後部座席に沈み込む峻介を、静かに放っておいてくれた。  奇妙なほどに懐かしく目に映る東京の景色を高速道路の車窓から眺めながら、あれこれと思い浮かぶのはやはり、記憶にも新しい、終えてきたばかりのヨーロッパでの仕事のことだ。  初めこの話を聞いた時は、冗談じゃないと思った。通常国会も無事に終わり、これからしばらくは少し余裕をもって漣や大志と過ごせると思っていた矢先、2週間も家を空けるなど、とても考えられない。しかも場所は遠く離れたヨーロッパ。  昨年の総選挙のために1時間ほど離れた選挙区で12日間を過ごした時はまだ、いつでも会えるという思いが峻介を支えていたし、実際2人は週末には会いに来て、少なからぬ時間を彼と過ごしてくれた。それでも時に耐えられなかったほどなのだ。  即座に断ろうと思った。なのに、それにもかかわらず恋人にこの仕事のことを話してしまったのは、今思えば自分の中に少しは未練があったからかもしれない。  この国よりずっと進んでいるであろう異国のLGBT事情を取材し、紹介する。本来、彼にとってこれほど意義のある仕事はないはずだったから。  恋人の漣は決して公私混同をしない青年だが、それでも少しは寂しい顔をしてくれるだろう。その顔を見れば、きっぱり断れると思った。  しかし、彼の恋人は、予想をはるかに超えて男前だった。寂しい表情など微塵も見せず、「行くべきだ」と強く言って峻介の背中を押したのだ。  誰よりも愛しい恋人に叱咤激励され、少しばかり情けない気持で彼は旅立ったのだった。
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