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城築さんの言うことは、いつも間違いない……それは漣の口ぐせだった。彼はたびたびそう言って、様々な決断を信頼と共に自分にゆだねてくれるのだ。
しかし……峻介は思わずにいられない。漣の言うこともまた、常に間違いがないのではないか。
あの愛しい恋人は、彼にしかない鋭い勘と深い理解で、いつも自分にとって最良の道を指し示してくれる。
そう思えてならない。
困った……と思う。今すぐにでも、漣に会いたくてたまらなくなってきた。このままタクシーを工事現場に直行させ、仕事中の恋人をさらって帰ってしまいたいぐらいだ。
遠く離れた異国の空の下でも、会いたい気持はたびたびどうしようもなく峻介を困らせた。どうにも我慢できずホテルの部屋から電話をし、声を聞いてしまったことでよけいに熱くなった身体を持て余しつつ眠りについた夜も、一度や二度ではない。
今夜はようやく、あの愛しい笑顔に会えるのだ。あの華奢な身体を、夢の中ではなく思い切り抱きしめることができる。
あと数時間の我慢だ……というのに。
堪え性のない自分に苦笑しつつ、どうにか寄り道は我慢し、自宅に帰り着く。
扉を開け、懐かしい我が家の匂いを吸い込むと、なんだか気が抜けてしまった。スーツケースを傍らに、思わず玄関先に座り込んでしまう。
しかしそうぼんやりはしていられない。今日は久しぶりに、漣と大志にご馳走を作ってやりたい。少し休んだら、買い物に行こう……。
そんなことを考え、立ち上がろうとした時……。
廊下をバタバタと走る足音が近づいてきて、目の前の扉がバタンと開いた。
驚いたことに、ぶつかりそうな勢いで視界に飛び込んで来たのは、夢にまで見た愛しい恋人の姿で……。
「れ……漣――」
信じられない思いで峻介は立ち上がり、目を見開いて、恋人の名を呼ぶ。
「わっ!! き……城築さ……ん――」
漣もまた、息を切らしながら、目を丸くして峻介の名を呼んだ。
そうして2人とも、たっぷり1分間は言葉もなく、互いを見つめ合っていただろうか。
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