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これはいったい、どういうことなんだ……。
半ば思考停止のまま、峻介は突然目の前に現れた愛しい恋人を見つめた。
驚いたことに、久しぶりに見る漣は、仕事をしているときそのままの姿をしていた。初めて出会った時に峻介が魅了された、あのインディゴブルーの鳶装束。ゆったりと裾の広がったズボンに、細い腰に巻き付けられた無骨な幅広のベルト、あちこちに油汚れのついた上衣の作業着ですら、格好良く見えてしまうのだから始末が悪い。
そして頭には、無造作に巻かれたタオル。汗を流して仕事をしていたことを思わせるその白いタオルは、彼の華奢に整った顔立ちを引き立て、これもまた滅茶苦茶に格好良いのだ。
普段、この姿を峻介は見ることができない。折り目正しいところのある彼の恋人は、必ず職場で着替え、身なりを整えて帰って来るからだ。そのことをいつも彼は、密かに残念に思っていた。
これは、どういうことなんだ。混乱し始める頭の中で、峻介は再び呟く。
夜まで会えないと思っていた恋人が、突然部屋に飛び込んで来た。しかも、ずっと見たいと願ってやまなかった仕事中の姿で……。
いや、あれこれ考えている場合ではない。今、彼が望むことはただひとつだ。
「漣……会いたかった」
峻介はそう囁き、ためらうことなく、その身体を抱きしめた。
「き……城築さんっ!!」
漣は初めて我に返ったように身じろぎし、言葉を発する。
「だめだ。スーツが汚れちまう」
「スーツなど、かまうものか」
即座に答え、小さな抵抗を封じ込めるように、いっそう腕に力を込める。濃い汗の匂いが立ち上り、峻介は思わず陶然となった。首筋に顔を埋め、堪能せずにはいられない。恥ずかしそうに身をすくめる仕草が、可愛くてたまらなかった。
その匂い、このぬくもり。これは夢じゃない。本当に自分は帰って来たのだ。愛しい恋人をいつでも抱きしめられる、この場所に。
「漣……」
ようやく、少しばかり心に余裕が生まれ、峻介は恋人にたずねた。
「君はどうして、こんな格好をして、今、ここに?」
「ご……ごめんっ!!」
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