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「お偉い先生」扱いされて寂しいなどと思ってしまったことを、峻介は今、心から悔いた。皆には無事に家に着いたことを知らせるメールと共にお礼の言葉を伝えてあるが、それだけではとても足りない。
次にテレビ局で皆に会ったら、ひとりひとりに深く深く感謝の気持を伝えねばならないと彼は思った。
そしてその一方で、思わずにいられなかった。これがもし……例えば3年ほど前の、漣に出会う前の自分だったら、こうはならなかっただろうと。
漣に出会う前から、峻介は「峻さま」としてテレビの仕事をしていた。しかしその頃の自分はまさに「お偉い先生」としか扱われておらず、スタッフとの間にも常に消し難い壁があった。
何故なら、その頃の彼は、本当の意味で彼らに心を開くことなどなかったから。
漣と出会ったからこそ、自分は心を開いて良いのだと思えた……いや、心を開かねばならないと思ったのだ。
ずっとゲイであることを隠して生きてきた峻介にとって、それは決して簡単なことではなかったが、漣のことを思えばいつも柔らかい気持が胸を満たし、いつしか自然に恋人のことを話せるようになっていた。
そうして今、気がつけば、あたたかい人たちに囲まれて日々を生きている。
――最高の番組を作りましょう。先生の恋人と、大志くんのためにも……。
別れ際、涙を浮かべながら力強く自分の手を握りしめたディレクターの言葉を思い出す。
いかにもマッチョな風貌をしたそのディレクターは、この番組に出演し始めた頃は、明らかに扱いに困るといった風に、峻介に距離を置いていた。
そんな彼が1年余の時を経て、海外のLGBTの現場を峻介と共に取材するという仕事を自ら買って出、最後にはそんな言葉までくれたのだ。
何もかもが漣のおかげだ、と峻介は思う。
あの愛しい恋人の存在が、自分を変え、自分の周囲の人たちを変えたのだ。
そんなことを思うと、愛しい気持が痛いほどに胸の中で一杯になって……。
「うわっ!! ど、どうした? 城築さん」
戻ってきた漣を今度こそ……、
強く強く、抱きしめずにはいられなくなった峻介だった。
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