番外編『聖夜』1 ― 天宮大志―

8/8
前へ
/425ページ
次へ
 高速道路を下りたあたりで降り出した雪は、カーブが重なる山道を車が走り始めたとたん、辺りを真っ白に埋め尽くすほど本格的な降りとなった。 「やばいな……」  ハンドルを握る父がつぶやく。だけどその横顔はなんだか嬉しそうで、心なしか瞳も輝いている。  困ったものでこの父ちゃんは、危険を前にするとテンションが上がってしまうのだ。もちろん父がこの程度の危険なら易々と乗り越えてしまうことを知っているから、大志は安心して隣に座っていられるのだが……。  父が華麗なドライビングテクニックを駆使して山道を駆け抜ける間、大志は白く染まる光景に魅了されていた。この土地にはもう何度も来ているが、こんな景色を見るのは初めてだった。  クリスマスパーティーが開かれる「親戚」宅とは、峻介の叔父である古箭草准(ふるや そうじゅん)という名の日本画家の家だ。  ……いや、叔父とはいってもその人は若く、ふつうにイメージする「おじさん」とはずいぶん違う。美しいとしかいいようのない端整な和服姿を初めて目にした時は、大志も驚きのあまり言葉を失くしてしまった。  しかし冷たいようにも見えるその見かけとは違って、草准は気さくで面白い人だった。  これは峻介もそうだったのだが、初めから大志を子供としてではなく、対等なひとりの人間として扱い、その気安さからつい「草准」と呼び捨てにしても、当たり前のように受け入れてくれる。彼が絵を描くのを見るのは楽しいし、スケッチのコツなどを教えてもらうのも楽しい。そして何よりも、作る料理がめちゃくちゃ美味い。  その草准が、クリスマスのご馳走を用意して待っていてくれるというのだ。もう何日も前からテンションが上がってしまうのも、仕方がない。  昼間、内田に悪いこと言っちゃったかな……とふと思う。クリスマスパーティーなんて華やかな言葉、口にするんじゃなかった。わくわくする気持も、つい表に出てしまっていたかもしれない。まあ、あいつの家にはサンタが来るらしいのだから、さほど気にすることもないのかも知れないけれど。  いろいろ上手くいくといいなと思う。いや、上手くいきそうな気がする。  雪に埋もれた山道を走り抜け、車は集落に入った。父が手を伸ばし、楽しげに外を眺める大志の頭をくしゃっと撫でる。  すでに懐かしいようにも思える古びた日本家屋の姿が、車窓に入ってきた。
/425ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2747人が本棚に入れています
本棚に追加