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番外編『聖夜』2 ―城築将孝―
城築将孝厚生労働大臣の朝は、味噌汁の香りと共に始まる。
豆腐と若布、大根と油揚げといったシンプルな味噌汁に、玄米の御飯。あとはぬか漬けと梅干でもあればいい。彼にとっては充分なご馳走だ。
柔らかな光がさす静かな食堂で、ささやかな膳を前にいただきますと手を合わせる。幸せな朝だった。
貧しい家に生まれ、革新系の野党で頭角を現した将孝は、大臣職についた今に至っても、質素倹約の姿勢が身についている。政治家であるからこそ慎ましく、というのが信条だ。
お嬢様育ちの妻にその姿勢を強要はしないが、1人息子の峻介のことだけは、二世だからといって贅沢はさせないよう、小さな頃からなるだけ厳しく躾けてきた。
今省みれば厳し過ぎたかと悔恨の思いにかられることもあるが、30歳になる息子は豪奢に染まることもなく、かといって躾通りの質素の型にはまることもなく、自身が選んだ恋人と共に彼なりの暮らしを楽しんでいる。
まあ、持ち出しの多い若手議員である彼の収入では、豪奢に染まりようもないのだが、それもまた彼自身が選んだ人生だった。
息子はどうやら無事に親元から自立し、自身の人生を歩み始めているようだと、将孝は安堵している。
食後のほうじ茶を飲みながら朝刊に目を通していると、メールが届いた。今日も無事に「奥様」を送り届けたという、運転手からの報告だった。
子どもたちに囲まれて笑顔で汁物らしきものをよそう妻の動画が、メールには添付されていた。慣れない手つきながらも楽しげに働く妻の姿に、思わず笑みが浮かぶ。
無事に……とは言えないまでも、様々な出来事を経て息子がどうにか巣立ったあと、妻の奈津乃は目に見えて消沈し、峻介さんはいつ帰って来るのかというようなことばかり繰り返すようになった。
元々妻には現実を直視する力がない。溺愛していた息子があろうことか同性の恋人を作って家を出て行ったという事実を、どうしても受け入れることができなかったのだ。
そんな妻の姿に胸を痛めた将孝は、かねてから思案していた通り、彼女を外に連れ出すことにした。一度視察で訪れたことのある「子ども食堂」に連れて行ったのだ。
本来妻が過剰なまでの愛情を内面に抱えた女性であることを、彼は知っていた。その愛情が正しい方向に向けられさえすれば、人を幸せにできるのではないかと考えたのだった。
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