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「城築さん、あなたは、人から期待されると、応えずにはいられないタイプでしょう?」  漣の子供時代のことなど、他愛のない話に会話がはずんだあと、突然、核心を突く質問をされ、峻介はどきりとしながら「そうかも知れません…」と曖昧にうなずいた。 「そうでしょうね。なんとなくわかるわ。だって、漣もそうだもの。この子、小さい頃はほんといい子で、勉強もできる優等生だったのよ。なのに、どうしたわけか、友達はやんちゃな子ばかりで…」 「そ、そういう話はやめねーか?」  漣が少し困ったように口をはさむ。しかし静子は意に介することなく話を続けた。 「変に人望があるっていうのかしらね。『お前しかいない』なんて、みんなから持ち上げられちゃって、気がつけば暴走族の幹部になってたものね。この子自身は、ぐれるつもりも、ぐれる理由もなかったのよ。ほんと、残念だわ。あのままいけば、東大にだって入れてたかも知れないのに」  親ばか丸出しと言えなくもない母親の発言に、漣は苦笑する。 「入れるわけないじゃん。思ってもないこと言うんじゃねっての」 「あら、思ってるわよ。あんたなら、今からだって入れるわ。ただし、『残念』ってのは、嘘だけどね。東大行ったって、鳶にはなれないものね」 「嫌味にしか聞こえねえ」  漣は再び苦笑して言った。しかし静子は真顔で言葉を返す。 「嫌味じゃないわ。だって、この仕事はあんたの天職じゃないの。何が幸せって、人間、自分の天職を見つけられることほど、幸せなことはないと思うわ。ねえ、そう思わない? 城築さん」  突然話をふられ、峻介は胸の中に複雑なものが広がるのを感じながら、「そうですね」と答える。  人間、自分の天職を見つけられることほど幸せなことはない……。  静子のその言葉は、思いもかけず彼の胸の奥にぐさりと深く突き刺さっていたのだった。
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