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カレーの香りが漂い、あたりが薄暗くなり始めた頃、玄関先で車の止まる気配がした。雄三が帰ってきたらしい。
チャイムの音が鳴り、コンロの火を止めてゆかりが迎えに出ると、ちょうど『デイサービス・ひばり』と書かれた送迎車から職員に付き添われて雄三が降りてくるところだった。
「ご苦労様です、今日はすみませんでした」
ゆかりが頭をさげるとその職員は
「いえ、大丈夫です。洗濯物まとめて入ってますので」
とゆかりにトートバッグを渡し、雄三に
「じゃあ雄三さん、また木曜にね」
と声をかけて車に乗り込んだ。雄三はああ、というような声を出しただけでさっさと杖を突きつき玄関に向かった。
送迎車のドアが閉まる直前、中に地蔵のように並んで座っている数人の老人のうち、猿によく似た小さい老婆がこちらに向かってわずかに手をあげるのが見えた。ゆかりも応えて手を振りながら軽く頭を下げ、車を見送り家に入った。
「おじいちゃん、お茶でも飲む?」 ゆかりが声をかけたが、雄三は
「いや、いい」
と答えてそのまま一階の奥にある自分の部屋に入った。
すぐに大きい音量でテレビドラマの音声が聞こえてきた。
週二回ではあるが、朝から夕方まで出かけて入浴したり、他の老人と一緒にゲームをしたり歌を歌ったりするデイサービスの活動はなかなか疲れるものらしい。雄三もデイサービスから帰ってきた日はベッドに横になってテレビを見ながらうつらうつらすることが多い。今日も疲れて眠いのだろう。
それからしばらくゆかりは雄三の持ち帰った洗濯物を出したり、カレーの味見をしてサラダを作ったり、乾いた洗濯物をたたんだりと家事をして過ごした。
一段落してダイニングの椅子に座り、ふうっと息を吐いて時計を見ると五時過ぎであった。雄三の部屋からはあいかわらずサスペンスドラマや合間のCMのうるさい音楽が聞こえて来る。おじいちゃん、寝ちゃったかしら。ゆかりは様子を見に行くことにした。
(続きは『不惑wakuwaku』にて掲載。全体10000文字)
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