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「恥ずかしながら、ショックで食べ物も喉を通らなくなってしまいました。今日だって落ち込む私を心配して、娘が遊園地に連れてきてくれたっていうのに・・・あなたの姿を見た途端、あの子のことを思い出してしまって。思わずこの風船を飛ばしたら、あの子のところに届くんじゃないかって。・・・でもそんなの自分勝手ですよね。せっかく頂いた風船を飛ばすようなことをしてしまって、すみませんでした」
男は謝って風船を再び私に返した。私は黙って頷いて、風船を受け取ると、その手を離した。
「あ」
たちまち空に上がっていく白い風船を見て、驚いたように親子は私の顔を見つめた。そして私は絶対に破ってはならないタブーを犯した。
「元気を出してくださいよ。私なんかで良ければいつでも話し相手になりますから」
うさぎの口から飛び出たおっさんの声を聞いて、男がどう思ったのかはわからない。男は一瞬驚いた顔をしたが、次にはにこっと笑ってこう言った。
「それなら今度、飲みにでも付き合ってもらえませんか」
その日、いつにもなく私の心は弾んでいた。いつもの帰り道をぴょんぴょんと跳ねるように歩いていく。もちろん誰も振り返る人はいない。夜空の向こうでは今日も月が輝いている。
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