二羽のうさぎ

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 私はうさぎだ。・・・正確に言えば、うさぎの皮を被った人間だ。もっと正確に言えば中年の男性だ。中肉中背・・・いや、腹回りは最近少し気になってきている。それに、髪の毛の方も・・・このくらいにしておこう。要するに私は、冴えないおっさんだ。遊園地で着ぐるみを着て子供たちに風船を配っている。  うさぎは人気者だ。ひとたび園内に出れば、振り返らない人はいない。自分から近寄る間もなく、あっという間に人々に取り囲まれてしまう。子供たちは無邪気に抱きつき、若い娘に写真をせがまれる。  同僚のカンガルーは言う。「うさぎさんは楽そうで良いよなあ」私は少しムッとして、ぴょんぴょんと跳ねあがる。「だって僕なんかさ、みんながお腹の袋に入りたがるんだもん。見てよこれ。ズタボロでしょ?また、徹夜で直さないと・・・」  それを聞いていた、後輩の牝牛が言う。「俺のこれも見てくださいよ。乳絞られ過ぎて破けそうになってきたから、子供たちが掴もうとするの避けてると、今度はそれを面白がって追いかけてくるんですよ」  そんな愚痴を聞いてしまうと、私はなにも言えなくなって、仕様がなくなって牝牛の頭を撫でてやった。「なにやってんすか。気持ち悪いなあ」私の手はすぐさま振り払われた。 「お前らなんて、まだまだ甘いよ。俺なんか近づいてったら子供たちが逃げていくんだから・・・」  リーダーのトノサマバッタさんは情けない声でそう言った。着ぐるみから微かに漂ってくる煙草の匂いが、私をなんだか切ない気持ちにさせる。そんな皆のようすを見ていると、やっぱり私はうさぎで良かったなと思う。  私は何者でもない。この仕事も、始めのうちは子ども達のきらきらとした笑顔を見るたびにやりがいを感じていたのだが、今ではもうただの商売相手だ。見飽きた―というよりも、着ぐるみ越しに見るその笑顔は、私に向けられたものではない、ということに気がついてしまったからだ。人々の視線はいつも私の目よりもわずかに上を見つめている。  仕事が終わると私は真っすぐに帰宅する。振り返る人も話しかけてくる人もいない。私は何者でもない。たまに、悲しくなって空を見上げる時もある。それでも夜空の向こうでは今日も月が輝いている。
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