1人が本棚に入れています
本棚に追加
なにもないと思っていた彼の背後で、透明の扉が開いたように、突然宇宙船の操縦席が現れた。彼はそれに乗っていつも一人で仕事をしているらしい。どうやらあまり時間がないようで、別れを告げると彼は私に背を向けて、宇宙船に向かって歩き始めた。
急に現れた現実が別れの時だとは知らず、寂しさが一気にこみ上げた。私はまだ言いたいことがあるのに、喉がつかえて言葉が出なかった。
彼は宇宙船に乗り込む前に、もう一度振り返った。
「地球にはたくさん人がいるけれど、僕のテレパシーを受け取ってくれたのは君だけだった。君と話せて楽しかったよ」
「私も・・・私、あなたのことが好きだった」
私は頭もくらくらして、鼻は詰まって、喉もカラカラだったけれど、最後にそれだけは言うことができた。彼はその言葉には答えなかったけれど、静かにほほ笑んで手を振った。
「今度はいつ会えるの?」
彼が乗り込む直前、私は最後の力で声を振り絞った。
「うーん・・・計算によるとね、65年と7ヶ月と20日後かな」
彼はくしゃっと笑ってそう言うと、宇宙船の扉は閉まった。まだそこにいるはずだと、音もなく、ただ向かいの家が映るだけのその場所に向けて、私は手を振り続けた。
彼がきっと行ってしまったであろう後も、しばらくの間、私は冷たい風に吹かれながら、そこに映る星空を見上げていた。今頃彼は地球を出て、宇宙を一人浮かんでいることはわかっていたけれど、私は喉の痛みも気にせず叫んだ。
「待ってるから」
「珍しく体調崩すから心配したけど、こんなことだったら、もう少し風邪ひいててもよかったのに」
テレビの前で騒ぐ私を見て、母は呆れたように言った。
「それにしても、あんたよく寝てたわねえ。今回ばかりは少し心配しちゃった」
私は体調を崩して、どうやら長い間寝込んでいたらしかった。
「あんたの回復祝い、なんか食べたいものある?」
「ジャガイモ」
「なにそれ?いつものあんたにしては謙虚ね。もっといいものねだりなさいよ」
「なんとなく、食べたい気分なの」
あれから私はよく夜空を眺めるようになった。夜空に輝く星と星の間、そこに彼がいるような気がして。それともあの日のことは、やはり単なる私の夢だったのかも―そう思う時もある。65年と7ヶ月と19日。その答えがわかる時まで、私は待っていようと思う。
最初のコメントを投稿しよう!