【試し読み】わたし発、京都行き

1/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
 夫と息子が出かけた後の家の中は、雑然としてはいるが静かだ。  麻衣子はよろよろとソファに倒れ込んだ。  久しぶりにひどい風邪を引いたのだ。  当たり前だが、四十歳になっても熱は出る。  子供の頃は、たまに熱を出して小学校を休むのはちょっと嬉しくもあった。普段の登校時間を過ぎてもテレビの幼児番組を見たり、母に枕元までおかゆを運んでもらって布団の上で食べたりするのがドキドキして少し楽しかったことを覚えている。  しかし四十歳の体にこの熱はきつい。  さっき測ったときは三十八度二分だった。子供ならたいしたことのない温度だが、中年にさしかかった麻衣子の体はだるさと節々の痛さで悲鳴を上げている。  おかげで今日はコンビニのパートも休まなくてはいけなかった。店長の原田さんは電話口で「気にしなくていいから、お大事に」と言ってくれたけど、口調が結構苛立っていたような気がする。うまく代わりに入ってくれる人が見つかるといいのだけれど。  時計を見るともう九時半である。家族が出かけた後しばらくベッドで横になっていたのだが、さすがに退屈でたまらず、なんとか起き出してきた。  床に転がっているリモコンを拾い上げ、テレビをつける。  いくつかチャンネルを変えてみたが、朝の情報番組ももう終わりかけで特に見たいものもなかった。  番組表ボタンを押してこの後の放送予定をチェックする。テレビショッピングやスポーツ中継には興味がないし、韓流ドラマでもやっていれば見ようか……。いや待てよ、5チャンネルで十時から『秋の京都ぶらり旅』という番組がある。麻衣子は身を乗り出して目を細め、ぎっしり書かれた番組情報を読んだ。『京都の絶景紅葉スポットから最新トレンド情報まで! 新作絶品和スイーツも!』などと書いてある。  これだ、これを見よう。風邪やパートのことで落ち込んでいた麻衣子の心にぱっと灯がともったようだった。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!