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ーー嫉妬。
お嬢様の心を奪った顔も知らぬ相手へと向かう、呆れるほどの妬みや羨望。
可笑しなものです。私がどんなに愛情という名の重りを乗せても、お嬢様の天秤が振れることはないとわかりきっていたはずなのに。
お嬢様の幸せを願うどころか、未だ彼女を欲する私は、執事としても人としても失格でしょう。
自分がひどく浅ましい存在に感じ、やがて小さくなっていく雨音と共に消え入りたいと、そんな薄暗い思いに駆られながら、長い夜が明けていったのです。
翌日。
昇り始めた朝日に目を細めながら、着慣れた燕尾服に袖を通し身支度を整えると、幾分か気持ちが落ち着いて参りました。
私は朝食の準備に滞りがないかを確認しキッチンへと赴いた後、お嬢様との約束を果たすため、受話器を取ります。
「・・・・・・ーーええ。製菓製品の追加注文をよろしいでしょうか。ヴァローナ社のチョコレートは取り扱っておりますよね。では、ブラックチョコレートのカラクとカライブを。明日の夕方に納品、でございますね」
京極様が懸意にしていらっしゃるパティシエが信頼出来ると推薦してくださった輸入卸業者から、以前私が作ったトリュフに使用したものと同じチョコレートを手配いたしました。もしかすると、調理中に少しでも私のことを思い出して欲しいと、そんな子供じみた願いがそうさせたのかもしれません。
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