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苦笑いを浮かべる京極様の表情に娘を愛する父の顔を垣間見て、私はしばしそのやり取りを微笑ましく見守っておりました。
京極さやか様。
家族構成や使用人たちについては存じておりましたが、一人娘であるさやかお嬢様にお会いするのは、この時が初めてでございました。
「立花さん、というのね」
不意に私に向けられた言葉に、鼓動が高鳴ったのを今でも鮮明に覚えております。
「はい、お嬢様。申し遅れました。本日から京極様の執事として仕える、立花一臣と申します」
私が一礼し顔を上げると、無邪気な笑顔が待ち構えておりました。
「お父さまの許しが出たわ。行きましょう」
私のまだ冷たい手は、お嬢様の温かな手のひらに包み込まれるように握られ、引かれていきます。
京極様が「すまんな、立花くん。娘につき合ってやってくれ」と、そう背中に投げ掛ける呟きが小さく聞こえました。
当時、さやかお嬢様は十五歳。私は三十を過ぎた辺りでしたので、突然芽生えた恋と思わしきこの感情に臆病にならざるを得ません。
何より主人の令嬢と執事という関係なのですから、この想いは永遠に胸の内に秘めておかなければと、強く誓ったのです。
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