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軽く二十畳はあると思われるだだっぴろい部屋の真ん中に、ぽつんとコタツが置かれている。
今、かなり差し迫った状況だが、もう一度頭を整理しよう。
俺はさっき、トイレを借りたいと執事に伝えた。すると彼は、にっこり微笑んでここに案内してくれた。このコタツが鎮座している部屋へ。
声を大にして言うが、俺は今、切実に用を足したい。
「あの……介添えが必要でしょうか」
あの有能そうな執事が、さらに声を重ねてきてぎょっとする。
昔は、トイレに行くのに小姓の手を借りる貴族もいたんだっけ。だから、こっちの世界でも常識なのかもしれないけれども! いやまて、凄く太った貴族だったかな? 自分の手が届かなくて、お尻が拭けないとかどうとか。
「どうぞお構いなくっ!」
おもいっきり斜め上の気遣いをありがとう!
トイレを借りる、この単純な願いがこれほど謎展開を引き起こすとは思っていなかった。
どうやらこの状況は、館の使用人全員が一丸となって頑張った結果らしいのだ。
数百年ぶりに現れた勇者が、我が領主の館にやってくる!
歓待したいという思いが暴走した彼らは、数百年前の伝説の勇者の逸話やら何やらを繙いて、「勇者ならではのおもてなし」について研究したらしい。
「勇者さまをお迎えするのがとても楽しみで」と、キラキラした笑顔を向けてくる可愛いメイドたちの目の下には、隈が出来ていた。
この状況で、「これ、使えないから、みんなが使ってるトイレを使わせて」とは、とても言い出せない。
なんだかよく分からない状況だが、彼らの気遣いだけは無下に出来なかった。
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