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その前は。そうだ。雨が降ってたんだ。その雨のおかげで、立ち上がれたんだっけ。
七月に入った時分だった。桃が木から落ちていたのを見つけた。これは天からの贈り物だと喜んでがっついて、腹を満たした。ああ、そういえば、満腹を感じたのはあれが最後だったか。
桃は悪くなっていたらしい。口からは吐瀉が、尻からは下痢が止まらなくなった。情けなく、惨めで、このまま死ぬのだと思った。
目も霞み、耳に入る蝉の声も、気にならなくなり、だんだんと聞こえなくなっていった。
次に気づいたのは、雨が体に当たる感触からだった。
そこで、意識が戻り、団子を食べて死にかけ、自分の手をかじって、まだ死にたくないと涙を流し、肉を一口食べて体を痛めつけられ、蝉を食べて口の中の水分を奪われた。
ぼんやりと、思い出しながら、視線だけで周りを見る。
倒れていた。
気づかなかった。
走馬灯ってやつを見ていたようだ。
走馬灯が直近の食べ物記憶とは、薄っぺらい自分の人生を思い知らされた気分だ。
もう、空腹も感じない。
これで、終わりなのだろう。何のためにここまで生きたのか、意味があったのか、全くわからない命だったもんだが、なにがしかの意味があったのだろう。
少なくとも、ここで死ねば、他の生き物の食べ物になるだろう。それだけでも、この命に意味があったのだと思える。
そうして、この虚しい生に別れを告げ、目を閉じた。
「まだ生きてるか?」
しかし、その声に、目を見開いた。
体を持ち上げられ、目線を無理矢理に合わせられる。
「ずいぶん小汚いことだな。おい、まだ生きるつもりがあるならば、もう少しがんばってみろ。うまい物を食わせてやるぞ、わんころ」
そうして、死にかけていたこの身は、無造作に救われ、その男の飼い犬へとなった。
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