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「いいの?」
「うん」
「やったー!大事にするね」
中村さんはそう言って僕にスケッチブックを返した。彼女だったら勝手に破ると思ったから少しびっくりした。
「流石に私だって人のスケッチブック破れないよ」
中村さんは察したように苦笑しながら言う。
僕はスケッチブックからできるだけ丁寧に中村さんの絵を破って彼女に渡した。
「こうやって描いてもらったのって初めて。なんだか嬉しいな」
中村さんは目を輝かせて僕が描いた絵を見た。
突然僕のケータイが鳴り出した。ディスプレイには「母さん」と表示され、僕はため息をついた。
「出ないの?」
「出るよ……」
僕は渋々ケータイを耳にあてた。
「もしもし母さん?」
『孝汰、悪いんだけど帰りに玉ねぎ買ってきてちょうだい。お金は後で返すから、それじゃ』
電話は一方的に切られた。思わず頭を抱える。
「どうしたの?」
中村さんは不思議そうに僕の顔を覗き込む。
「母さんから一方通行の電話、帰りに玉ねぎ買って来いって……。せめてまともに会話してくれればいいんだけど……」
ひとつの疑問が浮かんだ。そういえば中村さんの携帯番号を僕は知らない。それどころか彼女がスマホやケータイなどを使っているのを見たことがない。
「そういえば中村さんはケータイとか持ってないの?」
なんとなく聞いてみると中村さんは不思議そうな顔をする。
「そんなハイカラなもの持ってないしいらないかなぁ」
現代っ子とは思えない発言をされた。
「ハイカラって……」
「それよりお使いいいの?」
うちの母さんがこうやってお使いを頼む時は大抵急ぎが多い。
「そうだね、行かなくちゃ」
僕は立ち上がってリュックサックを背負った。
「ねぇ、夏休み中また会える?」
「んー……」
中村さんは唇に人差し指を添えて考える素振りを見せる。
「基本的ここか公園にいるよ」
「そっか。じゃあまた」
「またね」
僕らは手を振って別れた。
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