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そんな馬鹿なことは誰もしない。俺が口を開くより早く、俺の背後に立っていた男が言った。
「それはないでしょう。無駄に疑われるだけじゃないすか。そういう理由で通報したなら姿を消してますよ」
「うーん、いい推理だと思ったんだけど」
苦笑して煙を吐く刑事は投げ遣りな目で俺を見た。推理とは言いがたい幼稚なでたらめじゃないか。
「じゃあ、何が目的なんだ?」
「だから……、俺はただ人が血を流して倒れてるから通報しただけで……。何もやましいことはないですよ」
「本当に? でも変だなあ。何故見たはずの死体がないのかなあ」
「わかりません」
「わかりませんはないだろう、わかりませんは。君、自分の目で見たんでしょ?」
「もしかして気のせいだったのかもしれません」
「気のせいって君、血を流して死んでる人を見ておいて気のせいってのはないでしょう」
段々とうんざりしてきた。刑事は俺が何か隠していると思いこんでいる。それを探り出そうと執拗に質問を重ねた。俺には無駄な問答だった。
見たものは見た。でもそれはなくなった。それだけのことだ。
でも、可笑しい。何故なくなったのだろう。確かに見たのに。
血の匂い。そうだ、血の匂いも俺は確かに嗅いだ。あの匂いも錯覚だったとは考えられない。
でも。
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