壱話 声の主

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 これは私が新米教師の時の話。そうね、あれは十年くらい前の事。    生徒が全員下校したした校舎を見回っている時の事だった。三階を見回っていると、誰もいないはずの音楽室から歌声が聞こえてきた。注意しようと音楽室の扉に手をかけ、驚いた。ドアが開かない。鍵がかかっているのだ。この状況では中に入りようもないのに他に鍵や窓、ドアが壊された形跡も全く無い。 「じゃあ、一体誰が音楽の中に居るの……」 まだ、声は聞こえ続けている。底知れぬ恐怖と知っては駄目だ、と言う本能がいつの間にか芙美子の足を動かして、一階の職員室まで全力疾走で戻って行った。がいつの間にか芙美子の足を動かして、一階の職員室まで全力疾走で戻って行った。 「どっ、どうしたんですか? そんなに息を切らして…」  芙美子と一緒に残っていた教員の前田が心配そうに駆け寄って来て、そっと麦茶を手渡した。息も整った所で前田に数分前に起きた音楽室の出来事を出来る限り全て話した。前田はこの中学に六年も務めている。きっと、この出来事の話も少しは知っているのではないかと思った。  「あぁ、それなら七不思議の一つじゃ無いですかね?この学校は心霊的体験が多いんですよ。霊感が無い人でも見えちゃいますから。」  落ち着いた口調で淡々と前田は芙美子に説明してくれた。あまりにも非科学的過ぎて信じる事が出来無いし、例えそれが本当の事だとしても恐ろしい体験をしてしまったと思う。  「どの七不思議も実際にあるとは僕の方でも言い切れませんし、僕が全てを知っている学者でもありません。ですが、僕から言える事が一つだけあります。」  時計の秒針がゆっくり、はっきりと芙美子には聞こえた。そう体感する程、何故かゆっくりに感じた。   「……芙美子先生、あなたはどうやら、まゆちゃんに気に入られてしまったようですね。」           前田は微笑んだ。    前田が目線を反らした先、職員室のドアのガラス部分から、長い髪の青白い顔をした少女が物凄い形相でこちらを覗いていたのだ。 冷汗が全身を伝い、声が枯れた。   「ほら、僕が言ってた事は本当だったでしょう?」    それから学校に夜遅くまで残る時はこれを持って居ると良いですよ、と前田から親切にも御札とお守りを手渡された。まゆちゃんから身を守るために。
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