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【ボーイズ・ボーイズ・ラブ】
「これはホモの話なんだ」
授業内にこんな話を担任から聞いたのはいつであったか。覚えていない。確か一年と経っていない。教室の面々は今と変わらぬ顔ぶれであった。私の隣、逆隣には美少年が二人座っている。その話が出た時、どちらも互いを一瞥して、あるいは舌打ちし、あるいは微笑んだ。私はその中間にある自分の存在が嬉しくてならなかった。
この話題の発端は菊花の契り、だったか。有名な話だ。ある武士が約束を守るために死して魂だけ愛する男のもとへ飛んでいく。いい話だ、実にいい話だと思った。それは愛し合う二人の間に置かれた、障壁のような自分にたまらない恍惚をもたらした。
私が通う県立梅が丘高等学校には、いわくがついている。それは死人が出てくる井戸だとか、いじめを苦に自殺した少女の霊が出るとか、そういったものではない。
裏にラブホ街がある。
それはあくまで、都市伝説でなく現実だった。
もとはこの扇市は、ただの鄙びた城下町だった。震災という大災害を経て、市街地は次第に好況に向かっていった。戊辰戦争の折に破壊された城郭を寄付金で復活させ、あたりには小奇麗なマンションが乱立していた。もうじき海辺の方には大きなイオンモールが出来る。その都市再開発の余波を受け、なぜか我が梅が丘高校も改築の運びとなり、白いモダンな校舎に生まれ変わった。私たちはその新校舎を使う第一期生となった。その際に梅が丘は女子高であったものを共学と変更した。それに難色を示した教員もいたらしい。様々な理由があろうが、おそらく裏がラブホ街であるのも一因だと考えられる。風紀が乱れるというのであろう。それは慧眼であったと、私は苦笑せざるをえない。
扇市は歴史だけは古い街だったから、昔からの因習がそこかしこに渦巻いていた。たとえば色町の存在である。この梅が丘の一帯は小山のようになっていて、明治維新ののちに市は色町をこの小山の裏に移させた。そういったものを表に出さないように、との厳命が下ったとみる向きもある。まるで男児が春画本を卓の下に隠すようなものだと思う。
そして時が経ち戦後、色町は客足も途絶えがちになり、そういったホテルに姿を変えていった。梅が丘高校が改築のために移転したのは、そんな流れを汲む小山の表側だったのである。場代が安かったのだろう。
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