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「幻覚か何かです?」
両の手に木箱を持った薬屋が、こちらを見ないまま問うた。カウンターの天板には既に麻袋が二つ、手に持った木箱と同じような木箱が四つ置いてある。
先生は礼儀正しく伸ばしていた背筋の緊張を緩めて、ソファーにもたれると同時に息をついてから、「その線はないと見ていますが…。」と答え、間をとって「直感ですけれども。」と続けた。
「今の時点で断定は難しいですね。患者の周囲に症状が見受けられないあたりは、未発症だからなのか患者のみの幻覚だからなのか判断がしずらい。ただ、発症した際の情報を冷静に詳しく説明できるあたり、せん妄状態による幻惑ではないと見ていますけれど…。」
先生は腹部の上で組んだ指をパタパタと遊びながら、「まだ、どうにも…。」と呟いた。患者の個人を特定されないための気遣いだろうか。患者のことを同業者に話す時、先生はぼんやりとだけ語る。
先生が静かになったタイミングで、私たちが囲むテーブルにすっと麻の袋が置かれて、薬剤の選別を終えた薬屋が再び上座に位置するソファーに座った。袋を持っていた手とは反対の手には、新しく淹れたのだろう紅茶のようなものが入ったティーカップを持っている。
そして席につくなり、その水面を枝のようなシナモンでかき混ぜながら、こんなことを言った。
「もしか、そのひと役人だったりしまセン?」
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