第一診察

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 「時間帯は覚えていらっしゃいますか?」  「仕事先から自宅に帰って来た後なので…そう、ちょうど…四時とか五時とか、夕方ごろでした。」  診療所の建物は今の所、内側からも外側からもこれといって特異なところはない。質素な二階建てだ。床は板間、壁は漆喰。私が今いる一階の診察室も、私の地元の町医者のそれと大きく変わらない。  見知った医療機関と圧倒的に違っていたのはその中にいる人物だった。  「毎日…ですか?」   窓辺に座った医者が問うてくる。質素な建物であるもののガラス窓を備えているあたり、私個人よりは潤いのある生活をしていることがうかがい知れた。  「いえ、毎日ではないのですが…何日に一回というより、不定期に起きたり起きなかったり…でしょうか。」  医者がうなずく。衣の擦れる音がする。衣摺れの音に気が止まる程、部屋はしんと冷え込んで、静かだった。この家を取り囲む木々の揺れる音が、時折わずかに聞こえるくらいだった。  「連続した最高日数は?」  「三日間です。」  まずこの主治医だが、烏のような、ようなというよりは鳥としか思えないのだが、とりあえず鳥類を彷彿とさせる仮面をつけている。ペストマスクだ。黒死病を治療するために考案された仮面は、その機能をまっとうする上で顔全体をすっぽりと覆っているため、主治医の表情は患者からは見て取れない。脳天からは死人の花嫁がつけるような趣の黒いヴェールが医者の肩甲骨あたりまで垂れている。  身につけているもので唯一、清楚なシャツだけが白い。ネクタイ、スラックス、ローファー…いずれも厳かな黒色のものだった。加えて室内にもかかわらず黒のロングコートと同じく黒い手袋を着用しているという有様で、肌の露呈が極端に少ない分、人間かどうかを疑ってしまう。私の目の前に座った姿を見た所、身長はそれほど高くないようだが声の調子からして男性だろう。まぁ格好からしても間違いなく男性なのだが。  マスクのだいたい目元あたりの丸は、一般的なペスト医師から言わせれば視界確保のためのものなのだろうが、この医者の場合その下に本物の眼球があるのか疑わしいほど暗い。  いや、黒い。
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