第一診察

5/15
前へ
/37ページ
次へ
 肯定すると、医者は続けた。  「ありがとうございます。私が立てました仮説からでしたら、現象の発生が不定期ということで、日頃ルーティーンとなっている出来事が強く絡んでいるようには思えませんね…。毎日あなたが決まった時間に出勤なさっている勤務先では物体浮遊が起きないことも、その現れでしょう。」  この医者、見てくれは奇天烈だが、声は極めて理性的だ。低く澄んで、耳あたりが良い。そもそも患者はあらかじめ弱った状態で訪れることが多いから、そんな、所謂「弱者」を無駄に怯えさせないよう計算した末の喋り方なのだろうか。  「お仕事そのものとは関係がないと思われます。…そう、ところでご職業は何を?」  「役人です…。…あの、今回のコレは私の習慣とは関係がないにもかかわらず、毎日私が寝泊まりしている自宅で怪奇現象が起こるのはなぜなのでしょうか。」  おかしいではないか。勤務先よりも毎日決まって留まる場所なのに。  「そうですね…解釈にもよりますが、ご自宅に関しましては習慣とは別要素として検討しています。といいますのも、ご自宅はあなたが『一定時間一人になる場所』としてお考えください。」  「ひとり。」  馬鹿のようにおうむ返ししてしまった。  いやそもそも、小さい頃から勉強に人一倍手間をかける馬鹿だった。自分が役人になれたのも奇跡だと思う。  「はい。お役人となればお仕事先では部下や上司、もしくは町民と関わることが必須でしょう。あなたの周りに他者が居ることは当然なのですね。比べてご自宅は、あなた以外の人間が居る時の方がイレギュラーなはずです。外界からの刺激が少ない分、いろいろなことに集中することができる代わりに、気に病みやすい。」  「はぁ。」  そういうものなのか。私は医療関係者ではないからわからない。  「家はその人の守備範囲、テリトリーを示します。自分の手の届く範囲なら大体と、広くお考えください。何か最近、あなたの社会的な立場や、財産…あなたにごく近しい人物のそれが脅かされた出来事はありませんでしたか?」  医療関係者ではない私には、その因果はわからない。しかし頼みの綱は限られているから、掴んでみるしかあるまい。  「そうですね…印象的なものは……これといって思いつきません。」
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加