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【助手】
その姿が夜の闇に溶け切るか否かのとろこで患者がこちらを振り返ったので、体を動かさず身構えたが私の杞憂に終わった。患者の姿が完全に見えなくなったところで室内に入り、扉に鍵をかける。そして診察室に向かった。背後に隠していた獲物の鞘が冷たい。室内に入ったからと言って、しばらく秋風にさらされていた体がすぐに温まるわけではなかった。
いつぞやから、この診療所の主治医の助手を務めることになった。
いつぞや。私としては現在の生活の価値を雲とするなら、助手になる前の経歴なんてまさしく泥と言って良いだろう。屑と言っても過言ではないが、助手になる前の私がいたからこそ現在の助手である私がいるわけで、経歴全てを否定しきることはできない。したがってギリギリの譲歩で泥と定義するだけだ。
もっとも医学的な知識などこれっぽっちもないから、仕事のほとんどが室内の掃除、衣服の洗濯、日用品の買い付けといった雑用だが、これはあくまで先生が私に与えてくださった表向きの仕事。
本領は、先生の護衛だ。というのも私は、雇われ形式で主人に仕える用心棒一家の末裔であった。
いつぞやの少し前。まだ私がとある貴族に仕えていた頃。よく決闘を申し込んだり持ちかけられたりといった生活を送っていた彼は、羽振りはよかったけれど、やや横暴な主人だった。当然、敗北者の側から恨まれたり、彼に注がれる視線にはちくちくしたものが入り混じるような環境だった。
ので、刺客によって命を狙われてもおかしくなかったのである。
私は雇われの用心棒。顧客は命に代えても守らなければならない。刺客と私が向き合っている間に主人は勝手に逃げ出したものの、その日の刺客というのがなかなかに上等だった。敵との張り合いに負けた私は、刺客によって火の放たれた城で命を落とすはずだったが、目が覚めたらここの診察台にねそべっていたという訳である。
以来私は、ごく自然な成り行きで、私の命の恩人である先生を守ることを決めたのだった。
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